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優しいキス
放課後の美術準備室。
大竹とキャンプに行くから今週末は会えないと言うと、山中はひどく驚いた顔をした。
「え?大竹先生と?2人で?」
それはそうだ。山中にとっても大竹は煙たい存在で、あの目に睨まれるとどうして良いのか分からなくなるのだから。
水晶の話をしようかと一瞬思ったが、それは後のお楽しみに取っておくことにした。
「え、ひょっとして、教師と生徒が一緒にキャンプとか行ったらまずい?」
「いや…、それはまぁ、本当はまずいけど俺達はそれ言えないし……。いや、でも化学部?地学部?的な部活イベントとしてなら……?まぁ、俺も学校には言わないけど……。でも、そっか~。大竹先生か~。設楽、大竹さんと2人でキャンプとか、平気なんだ……。そっか~」
「何だよ先生、そんなに意外?」
心の底から意外そうな山中が、逆に意外だ。年の近い同僚なんだから、もう少し仲良くしても良いんじゃないのか?
「だって怖いじゃん。大竹先生、高柳のこと嫌いだから俺にも怖いんだと思ってたんだよね。ほら、いっつも高柳がうちの準備室にいるから、そのせいかなって。でも大竹先生、他の先生にもあの態度だし、生徒にも怖いじゃん?何で設楽は大丈夫なの?」
「え……。アレはアレで、可愛いと思うんだけど……」
「……は?可愛い?」
正直な感想を言ったつもりだったが、山中は宇宙人を見るような目で設楽を見つめた。
「え?だって、可愛いじゃん。自分が意地悪を言って、みんなが途惑ってる顔を見るのが好きなんでしょ?俺らが厭そうな顔すると、いたずらが成功したみたいな顔するじゃん。なんか、小さい子が母親に向かって『ババァ~』って言って、母親が怒ると喜んで逃げるのと同じでしょ?それって、可愛くない?」
「……いや……。小さい子なら可愛いけど、大竹先生が可愛いとは思えない……」
「そっかな。俺ああいうの、嫌いじゃないんだけど」
うちのじいちゃんみたいで、とは、さすがに言えない。回り回って大竹の耳に入ってしまったら大変だ。どんな意地悪で仕返しされるか分からないじゃないか。
「……設楽って、思ってた以上に懐が深いな……」
山中が心底意外そうに言うので、設楽は何だか愉快だった。誰もが苦手だという大竹と親しいというのが、なんだかステイタスのようにも思えてくる。
「まぁ、そんな訳で、週末は会えないんだ」
「分かった。大丈夫だよ、そんな風に気にしなくても」
「……俺が、先生に会いたいんだよ」
切なげにそう言うと、山中が辺りを気にしながらそっとキスをしてくれた。
「設楽は、設楽のしたい様にすると良い。楽しんでおいで」
その優しい顔を、設楽は切ない気持ちで見た。
きっと、先生の気に入る結晶を見つけてくる。
設楽は山中の嬉しそうな顔を想像して、ぎゅっと胸の前で掌を握りしめた。
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