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キャンプの朝

 朝から、天気はバカみたいに良かった。こういう日の山は、空気がとても澄んでいて、そして結構寒い。設楽は一応アウターの下にもう1枚薄いウィンブレを重ねて、日が落ちてから着るだろうレイヤーをもう1度見直し、それから母親が作った2人分の弁当とか、お菓子とか、車で飲むペットボトルだとかの荷物を点検した。  時計が7時5分を指した時、携帯に電話がかかってきた。 「おう、俺だ。今家の前に着いた」  大竹は結構几帳面だ。きっかり5分遅れてきた辺り、その辺で少し時間を潰していたに違いない。設楽がドアを開けると、慌てたように母親も外に出て、なんだか妙に興奮して大竹に頭を下げた。 「先生、息子がお世話になります。どうぞこき使ってやって下さいね。一通りのことは仕込んでありますから!」 「お預かりします。携帯は繋がるんで、何かあったらお願いします」  大竹は、よく言えばクールに、いつも通りの言葉で言うなら愛想悪く、それでも形だけは丁寧に母親に挨拶をすると、設楽の頭を小突いた。 「さっさと乗れ。渋滞にはまるぞ」  母親に行ってきますと挨拶をして、設楽もすぐに車に乗り込んだ。  大竹のRVは、高柳の車と違って煙草の匂いがしない。当たり前だ。大竹が煙草を吸っている姿を見たことがないのだから。  ……大竹は高柳と違いすぎて、2人を思い出させる……。  本当だったら、今日も設楽は高柳のマンションに行く筈だった。それが大竹先生と、2人でキャンプになぞ行くのだ……。  設楽は小さく頭を振った。  山中先生に、水晶を持っていってあげるんだ。  結晶を綺麗だと言ってくれた先生に。  その為に俺は、大竹先生と山に行くんだ。  気がつくと自分に言い訳をしている。こんな事じゃダメだ。こんな気持ちで行くなんて、何よりせっかく連れて行ってくれる大竹先生に対して申し訳ない。  気持ちを切り替えるように大きく息を吐いて、運転席に座る大竹を盗み見た。髪を崩し、黒いタートルネックの長Tに山用の軽量ダウンを着ている大竹は、いつもより若く見えて、少しだけ知らない人のような気がした。

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