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塩山キャンプー1
勝沼のスーパーで食材を買い込むと、大竹は迷わず山の中に車を入れた。一応舗装はされているが、一般人ではよく分からないような林道を進み、小さなゲートまで来ると、そこで電話をかける。しばらく待つと人が現れて、2言3言話をして中に入れてもらった。
普通の山だ。別に、どこかがキラキラしているようにも見えない。
大竹はプレハブ小屋の前に車を停めると、中に声を掛けた。
「どうも、大竹です。今日は生徒を連れてきました。よろしくお願いします」
「あぁ、どうも、先生。またテントだって?風邪引くなよ?」
プレハブの中には数人の人がいるようだった。何かの事務所だろうか。少し興味を持ったが、中は覗かずにそのまま大竹の後について、荷物を担いで川原に降りていく。川の水はやや少なく、川原が随分広かった。ちょうどテントを張るのに良さそうな場所があって、石で竃を組んだ跡もある。大竹の他にもここでキャンプをする人がいるのだろうか。
2人は慣れた手つきでテントを組むと、竃を直してから水回りのレイアウトをした。これといった会話もなく、黙々と作業が進んでいくのが、逆に設楽には居心地が良かった。
支度が済んで一息つくと、2人は何となく川を眺めてぼーっとした。木漏れ日がちらちらと目を揺らすのが心地良い。川面がキラキラと反射して、水の流れる低い音が、最近沈みがちだった心に染み渡る。
そういえば、山中や高柳とそういう関係になって結構経つけれど、2人とは、2人の部屋以外で会った事はなかった。
本当に俺、先生とは体だけの関係なんだなと思うと、なんだか無性に悲しかった。
目の前の景色があまりにも美しくて、心地良い風が吹いていて、眠たくなる程気持ち良い所にいるから、余計にそう思うのだろうか。
暫くそうして川を眺めていたら、出し抜けに大竹が口を開いた。
「この川の中にも水晶とかルチルとか板チタンとかあるぞ。川、浚 うか?」
大竹の声に、設楽は顔を上げた。せっかく来たのに、沈んでいては時間が勿体ない。何のためにここまで来たのか
「本当?やるやる!どうやってやるの?」
気持ちを切り替えて、わざと大きな声でせがむと、大竹が車のから2人分のゴム長とゴム手袋、それとステン製の大きなザルを取ってきた。
「冷えるから、昼飯までだぞ。飯喰ったら山ん中のズリに行くから」
「ズリって?」
「採石場や鉱脈で切り崩された石や岩屑が捨ててある場所の事だ。小さな結晶なら一緒に捨ててあるし、捨てられた石を割ると、中に結晶が入ってることもある。ここのズリは結構な確率で水晶が出るんだ」
「へぇ……」
それはお宝の山のようだが、どちらかというと設楽は自分で結晶を掘り出したり自分で浚い上げたかった。自分の手で取りだした結晶を、山中にあげたいのだ。
2人は長靴に手袋をはめて、川の浅瀬に入った。晩秋の山川の水は、身を切られる程冷たい。川から上がる冷気が、ひしひしと足腰を冷やした。
だが、設楽は興奮してそんな冷たさも気にならなかった。大竹に教えられた通りに、ザルに川底の砂利を掬って、ひたすら石を探る。地道な作業だが、それが余計に「自分で探し出している」という感じがして良かった。
大竹は暫く設楽に付き合っていたが、10分ほどしたら「やっぱ寒いな」と言って、岸に上がってしまった。
「何だよ、先生はもうお終い?」
「川ん中の石なんかかけらばっかだ。つまらんから、俺は日なたぼっこでもしてるさ」
「俺は昼迄やってて良い?」
「腰痛めるなよ」
足先が冷たさでじんじんするが、初めての結晶浚いは楽しかった。時間も忘れて石を浚っては、出てきた石を大竹に見せる。ガラス片かと思うような小さな物から、時々1cm角の物まで出てきて、興奮する。
「ひゃー!マジで出てくるんだね、先生!」
「もう昼だぞ。とりあえず飯にしろ」
大竹は竃に枯れ枝を突っ込んで、湯を沸かしていた。思わず竃の脇まで近づいて、火に手をかざす。指先もじんじんしていて、竃の火に指先が痒くなった。
大竹は携行ドリッパーを取り出して、フィルターをセットしている。こんな所でも、ちゃんとコーヒーを淹れるらしい。
「わぁ、キャンプで豆のコーヒーなんて贅沢!」
喜ぶ設楽に、大竹は黙ってシェラカップを渡した。
冷えた体に、熱いコーヒーがありがたい。川辺でチタンのカップから飲むコーヒーは、準備室で飲むコーヒーより遙かに美味しく感じられた。
2人は設楽の母親が持たせてくれたおにぎりと漬け物と唐揚げという簡単な弁当をやっつけて、火の始末をすると山の中を歩き出した。
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