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塩山キャンプー2

「この辺は全部花崗岩(かこうがん)だからな。花崗岩は石英(せきえい)長石(ちょうせき)黒雲母(くろうんも)角尖石(かくせんせき)の粒からできている。水晶も石英も二酸化珪素(にさんかけいそ)の結晶だから、花崗岩の地形からは、当然水晶や雲母の結晶が出てくるって事だ。まぁ、この辺の川縁も掘れば出てくるだろうけど、大物は期待できなから、とりあえずあっち行くぞ」  大竹はざくざく歩いていく。歩きながら、岩の事や鉱石の事、その辺の草木の事まで説明してくれる。普段口数の少ない大竹だが、教師というだけあって、こういった説明は惜しまない。設楽が熱心に聞くからか、大竹も機嫌が良さそうだった。  もう少し、学校でもこのくらい愛想が良ければ生徒から人気も出るんだろうに……。大体大竹先生は誤解されやすいんだよ……。いや、本人が喜んで生徒怖がらせてるんだろうけどさ。いじめっ子体質かよ。勿体ない……。  大きなお世話とは思いながら、設楽はつい口元を尖らせた。  1本向こうには舗装された林道が走っているようだが、今歩いているのは花崗岩の上に土が積もった、未舗装の山道だ。岩がゴロゴロしているが、大竹の足取りは馴れた物だった。もちろん設楽だって山には馴れているが、どうにも周りが気になって、つい遅れがちになる。キョロキョロと辺りを見回してばかりで、時々大竹を待たせてしまった。 「ほら、こういう岩の中にも入ってるぞ」  白の中に黒をまぶした花崗岩の岩肌を大竹が指さすと、確かにキラキラと結晶が顔を覗かせている。 「すげぇ!もう見つかった!」 「まぁ、そういうのは後だ。とりあえず先にズリ行くぞ」 「え?でもここにも少しあるよ?」 「お前、ある程度はでかいの持って帰りたいんだろ?まずは確実に狙えるとこ行ってからだ」  そう言うと、返事も聞かずに大竹はざかざかと先に行ってしまう。慌てて設楽も追いかけた。本当はもう少しこの岩肌を見ていたかったのに。  不思議な気分だった。普通の山に見えるのに、ごつごつした山肌から水晶が出てくるなんて。  暫く歩くと、広い場所に出た。この辺は花崗岩を切り出す採石場だが、土産物屋に卸すような水晶も出てくるから、それは副業にやっているのだそうだ。土日は採石場が休業なので、水晶を採集するらしい。そういった「本物のスポット」は、さすがに自分たちは立ち入り禁止なのだそうだ。  採石場の脇には大きな石がゴロゴロと投げ出されたガレ場があった。ここが「ズリ」なのだろうか。大竹は屈んでその辺をほじくり返していたが、暫くすると小さな水晶の結晶を飲み込んだ石を拾い上げた。石から顔を出すその結晶は、不純物が着いて、少し茶色かった。 「この辺の水晶は花崗岩から取れるからあんまり不純物も着いてないけど、こうやって茶色くなってるのは後でシュウ酸に漬けとくと綺麗になる。まぁ、出物も残ってるだろうから、暫く探してみろ。目が慣れてくると、どの辺に結晶があるのか分かるようになってくる。こんだけの石から探し出すんだ。川底から掬い出すのと変わんねぇだろ」  思っていたような水晶の屑が捨ててあるお宝の山ではなく、花崗岩と言っても普通に白っぽい石のガレ場だった。確かに、ここから鉱物を拾い上げるのは、川底から水晶を浚うのと同じくらい大変そうだ。 「こういう石を割ると出てくる事もあるから、割ってみろ」 「割る?」  大竹がザックからタガネとハンマー、防護眼鏡とゴム引きの軍手を取り出すと、設楽は目を輝かせた。 「すげぇ!なんか、トロールみてぇ!」 「結晶は層に沿って入ってるから、あまり力は入れなくても……って、作業は説明を聞いてからだっ」  何度も実験の時に聞かされた台詞だが、設楽は説明もそこそこに、その辺の石を割って回った。面白すぎる。花崗岩の中でも、白い部分が多い岩を狙って割ると、爪の先程の結晶がワラワラと詰まっている石が結構あった。中が空洞になっている石は、結晶の粒も大きい。  思わず夢中になった。結晶が出てくる事実が面白くて堪らない。暫くすると場所を変えて、採石場の反対面、切り出されていない側の岩肌を掘ってみる事になった。岩肌を掘るとか!マジでトロールみたいだ!! 「良いの?マジでここ掘って良いの?」 「大丈夫だろ。石が顔に跳ね返るから気をつけろよ」  ドキドキしながら岩にタガネを打ち込むと、カーンと高い音が鳴って、岩のかけらが飛んだ。 「いてっ!」 「気をつけろって」  さっき川底で見つけた水晶は、1番大きな物で直径1cm、長さ2cmの柱状の水晶だった。あれよりも大きいのが出てきたらどうしよう。取らぬ狸の皮算用と笑いたければ笑え。設楽の頭の中には、綺麗だと笑う山中の顔ばかりが浮かんでいた。

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