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青い夜ー1

 結局、西日がきつくなるまで採石場で石を捜し、直径6ミリほどの石柱が3つ連なった水晶の群晶をゲットして、設楽は心の底から満足していた。これなら、きっと山中も喜んでくれるに違いない。 「すごいね、先生!初めてでこんなに立派な水晶が採れるなんて!」  大竹はその水晶を手に取ると、「良かったな」と小さく笑った。  設楽は水晶ばかりに目が行っているようだが、他にも飴色の板チタン石や、ルチルの結晶が手に入った。先程ルーペでチェックしたら、ルチルに銀色の星が小さく見えるような気がして、これが六連輪座双晶(ろくれんりんざそうしょう)なら、大竹的には今日一番の収穫ということになる。早く学校に戻って、倍率の良い顕微鏡で確認したい……。  珍しくそわそわしている大竹に、不思議そうに設楽が声を掛けた。 「先生?先生も良いのゲットできた?」 「あ?あぁ、多分お目当ての石だと思うんだけどな。それより、暗くなる前に夕食をやっつけるか」 「はーい」  テントまで戻ってきて、タープにランタンを架け、その辺の木にも2つ程ランタンを架けておく。ランタンを付けると、途端に辺りが暗くなっていたことに気がついた。これは早く夕飯をやっつけないと。設楽はさっさとガスカートリッジに五徳をセットして、飯を炊き始めた。 「先生、米、水に漬けてないけど、良いでしょ?」 「なんだ、飯炊いてくれんのか?助かるわ。適当で構わんから」  大竹は竃に鍋を架けて手早く豚汁を作り、同時にバーベキューグリルに炭を熾し始めた。 「うっわ、先生、肉!?バーベキュー!?」 「言っとくが、初回限定サービスだぞ。普段は豚汁と飯だけだ」 「マジで!?ありがとう!実は俺、キャンプでバーベキューとかってあんまりやったことなくて、ちょっと憧れてたんだ。あ、じゃあ今度はキャンプ目的で行こうよ。俺んちダッチオーブンとかスモーカーとか色々あるから、今回のお礼に腕振るうよ!」 「ガキが気ぃ使ってんじゃねぇよ。あ、お前も飲むか?」  大竹が川に浸けて冷やしておいたビールを引っ張り上げて見せた。  な…っ、なんて魅力的な物を……!! 「良いの?俺、未成年な上に、先生の生徒なんだけどっ!」 「俺が飲みたいんだ。飲めないらな付き合わなくて良いぞ」 「いや!いただきます!ぜひいただきます!」  慌てて大竹の手からビールを奪う。2人は缶ビールのプルトップを上げると、小さく乾杯した。 「うっま!こういうとこで飲むビールは格別だね!」 「何を生意気な……」  薄暗い川岸で、ランタンに照らされてビールを片手に肉をつつく。  この相手が山中先生だったら言うこと無いのにと一瞬思ったが、大竹先生を相手にこうしているのも悪くなかった。  缶ビールを2本ずつ空けた後、大竹は持ってきたバーボンを川の水で割って飲み始めた。肉はもう粗方食べ終わってしまって、つまみ代わりに設楽は持ってきたポテチの封を切った。  大竹のバーボンは父がよく飲んでいるのと同じ銘柄のようで、嗅ぎ馴れた匂いがした。 「先生、俺にも少し頂戴」 「お前、さすがにバーボンはねえだろ」 「アーリータイムズでしょ?親父のお相伴で、よく飲むんだ、それ」 「ちっ、ガキが贅沢な……」  文句を言いつつ、大竹がボトルを放ってくる。  ほろほろと酔ってきて、気分が良い。  なんだか、この広い世界の中に、大竹と2人きりのような気分になる。でもそれが、不思議と厭ではなかった。 「あぁ、そろそろだな。設楽、ランタン消せ」 「え?」  大竹は立ち上がると、木に架けたランタンの火を落とした。慌てて設楽もタープに架けたランタンと、テーブルに置いたランプの明かりを消す。  辺りは真っ暗になった。  だが暫くして目が馴れてくると、そこには青白い景色が広がっていた。  満月だ。月明かりを浴びて、川が光っている。  いや、光っているのは川の水面だけではない。自分たちは、小さな鈍い光に囲まれていた。  川岸に積まれた岩肌も、足下の石も、すぐ後ろの崖も……。小さな光はチラチラと、青い世界に微かな光を灯していた。  まるで、星の中にいるような……。 「すげぇ……。何これ……」 「花崗岩は、石英や雲母その他でできている。だから水晶の結晶ができやすい。そこまではさっき説明したろ?」 「うん」 「石英と水晶の差は、結晶の形が崩れているか、美しい結晶の形を保っているかってだけで、どちらも二酸化珪素の塊だ。その透明な塊が、月明かりと、川の明かりを反射して光るんだよ。湿度が低い、月の明るい夜じゃないと、こんな風には見えないけどな」  大竹のいかにも化学教師らしい説明が耳に入っているのかいないのか、設楽はポカンと口を開けて、辺りを見回した。 「綺麗…」  魂が抜かれたような顔をしている。  白い月。濃紺の空。青い川。黒い木々。青い空気。星くずのような、たくさんの光。 「……なんだか、夢の中みたいだ……」  設楽がうっとりと呟くと、大竹も満足そうに頷いた。 「あぁ、俺は、この景色が何より好きなんだ」  暫く、2人は地上の星を眺めながら、黙って酒を飲んでいた。

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