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宿酔

 朝起きると、頭が痛かった。ここがテントの中だとういことはすぐ分かったが、他人の寝息が聞こえて、また家族でキャンプに来ているのかと思った。だが、うちのテントはこんな色ではない。 「?」  振り返ると、シュラフに入った大竹の寝顔が目の前にあった。目元が緩み、前髪が額にかかって、いつもより随分若く見える。 「先生……?」 「ん…っ」  掠れた低音の声は、随分と色気があった。  ……先生が独りだなんて嘘だろう。俺が女なら、絶対にこんな人放っておかない。 「……あぁ、もう朝か……。何時だ……?」 「もうすぐ9時になるよ」 「くそ、寝過ごした……」  のっそりとシュラフから出て体を起こすと、大竹は設楽の目をじっと覗き込んだ。 「?」  そのまま、大竹の手が設楽の頭をぽんと叩く。 「大丈夫か?」 「え…?」  その手の感触に、昨夜のことがどっと思い出された。 「!!!」  そうだ俺、先生の前でメチャメチャ泣いたんだ!それで、言っちゃいけないような事べらべら喋っちゃった気がする……!! 「あ…あの、俺、き……昨日……!」  いつ飲み終えてどうやってシュラフに入ったのかも覚えていなかった。大竹は「ああ」と小さく頷くと、もう1度ぽんぽんと設楽の頭をはたいた。 「昨日は何かお前ぎゃんぎゃん泣きながら喚いてたぞ。先生がどうとか高柳がどうとか」  ひいいぃぃいぃぃ!!!  やばい!!俺やっぱり、先生に全部言っちゃったんだ……!!!  焦る設楽に構わず、大竹は大きな欠伸をすると、屈んでシュラフを拾い上げ、テントから外に出た。 「まぁ、何言ってるかさっぱり分からなかったけど」 「ホント!?」 「ああ。そんで、俺にしがみついてわーわー泣くから、面倒くさくなってシュラフに突っ込んどいた」 「うわ~~!!恥ずかしいぃいぃ~~~!!!」  大竹が言うことが本当で、全く自分の言ったことを聞き取れなかったと言うのなら助かったが、それにしたって大竹にしがみついて泣き叫んだとか……!!超恥ずかしいんですけど……!!  設楽が1人悶絶していると、大竹がふっと小さく笑った。 「でもまぁ、あんだけ泣いたら少しはすっきりしたんじゃないのか?」 「やめろよ!も、ごめん、ホントごめん!!」  あんだけ泣いたらとか。どんだけ泣いたんだよ、俺!!  真っ赤になってジタジタしている設楽を尻目に、大竹はシュラフを木に架けて乾かしてから、竃に火を熾し始めた。 「あ、撤収何時?」 「いや、チェックアウトとかねぇから適当で良い。もう少し石探すなら探してっても良いし、もう帰るなら温泉寄ってくぞ」 「はーい」  昨夜米を多めに炊いて、白結びを握っておいた。夕べのつまみもまだ少し残っている。これにインスタントの味噌汁を合わせれば、手間はかからないが立派な朝食になる。  2人とも宿酔(ふつかよい)のひどい顔をしていた。大竹も時々こめかみを押さえて忌々しそうな顔をしている。 「あー、味噌汁旨いね、先生……」 「そうだな……。やっぱ、味噌汁だな……」  昨晩、確かに設楽は高柳と山中のことを大竹に話してしまった筈だ。しかも、他人には話せないような、ベッドの中のことまで。  本当に、自分の言った事は大竹には聞き取れなかったのだろうか。少なくとも、それを聞いて大竹の態度が変わったようには見えないけれども。  確かめなければ、とは思うが、確かめる事で寝た子を起こしてしまうのも怖い。設楽はバクバクと逸る心臓を宥めすかして、ただ忙しなく飯をやっつけた。食事が終わるとテント以外の装備を撤収をして、その後は結局、2人共「だるい」という理由でテントの中で2度寝した。  もう少し採石場で石を探していたいような気もしたが、良い結晶も手に入ったし、何より体が辛い……。カンカンと石を打ち付ける音や感触が、絶対に頭に響くはずだ……。  だがこうして、テントの中で2人きり、近い距離にいるのも気詰まりだった。  だって、先生昨日のこと、どう思ってるんだろう……。俺色々言っちゃったよね……?さっきの先生の台詞からすると、言っちゃったのは確実だ。でも記憶が曖昧で、どの位言ったのかも、どんな風に言ったのかも定かではないんだけど……。うぅう、確かめたい……。いやいやいやいや、無理!!そんなの怖すぎて、無理!!  何も言えず、ジリジリと焦りだけが設楽を包むようにして、じっとテントの中で目を瞑っていた。大竹はさっさと眠ってしまったらしく、穏やかな寝息を立てている。呑気な息づかいだ。俺はこんなに焦っているのにと腹が立つような気もするが、暫くするとその寝息に誘われて、設楽の瞼もくっついていった。  結局、2人は昼過ぎまでぐっすり眠ってしまった。起きたら大分すっきりしていて、頭痛も治まったようだ。午前中を無駄にしたが、それでもそれは必要な時間だったらしい。  2人はそのまま事務所に礼を言いに行き、幾ばくかの謝礼を払ってから、車を回して石和(いさわ)温泉まで足を伸ばした。

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