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日帰り温泉ー1
「何?温泉は鉱石採集とセットなの?」
「セットだろ。結晶とキャンプと酒と温泉はセットだ」
当たり前のように断言すると、大竹は日帰り温泉施設の駐車場に車を停めた。中の食堂で昼食をやっつけている間、設楽は何となく、「先生は他の奴もあそこに連れて行って、こうして一緒に温泉に入ったりしたのかな」と考えたが、それをわざわざ訊いてみる気にはならなかった。
食事を終えると、大竹はさっさと脱衣所に向かい、何の躊躇いもなく服を脱いだ。その動作には、かけらほどの淀 も見えない。
……もし本当に昨日の話の内容を把握していれば、男を好きだと言う俺の前で、あんなナチュラルに裸になんてなれないよな……。
どうやら、本当に大竹が何も気づいていない様子に、設楽は少しだけほっとした。
……それにしても……。
大竹は背も180代後半と群を抜いて高く、肩幅も広い。だから高柳タイプの、がっちりとした逞しい体を想像していたのだが、脱ぐと逆三角形の体は意外とよく絞れていて、どちらかといえば山中の体型に近かった。
広い肩幅にワイシャツ・白衣がデフォルトなせいか、白衣の作るラインを大竹の体のラインと勘違いしていたらしい。重いザックを背負って山を延々歩いたり、岩をガンガン叩いて鉱石を採集する趣味があるせいか、設楽の大好物の上腕筋が切れている。うっは、すじ筋ピッキピキじゃん。
だが、いかんせんあの姿勢だ。猫背と言うほどではないが、「猫背気味」くらいには背筋が曲がっている。勿体ない。猫背で三白眼だなんて、全体的にかなり残念な感じだ。そんなんだから不必要に人を怖がらせるのだ。
ジロジロと見つめていたのがばれたらしく、大竹が怪訝な目で設楽を見返した。
「何だよ。何か文句がありそうだな」
「いや、先生、猫背はイメージ良くないって。すげぇおっさん臭く見えるじゃん。もっと背筋伸ばしてみなよ」
言われて大竹が素直に背筋を伸ばして少しだけ胸を張ると、思った通り、相当自分好みの体が現れた。うっは、まさかのこの体!?
……って、俺好みってなんだよ……。俺、それじゃホンモノみたいじゃん……。いや、ホンモノなんだろうけどさ……。
ちょっと赤くなって目を逸らすと、大竹は余計に訝しげな顔をした。それから設楽の事を上から下までジロジロと見て、ニヤリと意地悪く笑う。
「人のこと言う割には、テメェは随分貧相な体してるじゃねぇか。もう少し鍛えれば?」
「ばっ!うるせぇ!俺はこう見えても結構腕力もあるし、先生なんかより持久力もあるっつうの!」
「ホントかよ。俺、毎週2キロ泳いでるぜ?」
「ま……マジで!?どーりでその体……いや、いやでも俺だってこないだのマラソン大会、学年6位だからね!?」
「うわっ、6位。びみょ~」
「うるさいよ!」
「つうか、あばら浮いてるぞ」
「うるさいっての!」
そうなのだ。まず、自分の体が自分の好みではないのだ。設楽は少し落ち込んで、「成長過程なんだからさ、将来に期待してよ」と涙目になった。
一通りバカ話をした後、今更ながら「他のお客さんにご迷惑だな……」と、2人はいそいそと洗い場の隅に移動して、ざっと体を洗った。
まだ明るいが、日曜の午後のせいか数人の客がいた。露天風呂に浸かると、周りの人に軽く頭を下げ、「お騒がせしてすいません」と謝り、それから顔を見合わせて、何となく笑った。
11月に入ったというのに、暖かかった。紅葉の見頃はもう終わってしまったが、そんな物が無くても露天風呂というのは気持ちが良い。2人は並んで風呂に浸かりながら、八ヶ岳連峰や南アルプスの山々を眺め、高い空をぼんやりと見上げた。
そういえば、昨日はこうして並んで川を眺めたっけ。
昨日……。
きの……
「うわ────────っ!!」
「な、なんだ!?」
いきなり叫びだした設楽に、珍しく大竹が慌てた。周りにいる湯治客もどうしたどうしたとこっちを注目している。
「ご、ごめん!何か思い出したらうわーって来た!」
「……はた迷惑な奴だな……。何思い出したんだよ……」
「いや…、せ、先生に泣きついたとか……!すげぇ恥ずかしい!!」
本当にうわーっと来たのは山中達のことを話してしまった事だが、さすがにそれは口に出せない……。
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