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水晶ー1

 休み明けの月曜日、設楽はすぐに山中の元へ行き、2人で会える日を予約した。 「今度の研修日は、高柳は他校の先生と会合だって言ってたから、その日なら大丈夫だよ。放課後、うちにおいで」  ぼさぼさに伸ばした髪から、綺麗な目が覗いている。その目が、どこか哀しそうだった。その目を見ていると、心臓がぎゅっと痛くなる。先生にこんな目をさせているのは、自分なのだ……。 「うん。それじゃあ水曜日に。キャンプのお土産があるんだ」 「楽しみにしてるよ」  少なくとも、先生は何も悪くない。ネコ役を連れてくるのは高柳が勝手にしていることだし、俺が先生を好きなのは、俺が勝手に好きになっただけ。だから、まるで全て自分が悪いというような顔を、俺に向かってしないで欲しい。   水曜日当日、授業が終わると化学準備室に顔を出して、大竹に「今日俺用があるんで帰ります」と告げた。大竹が連れて行ってくれた鉱石採集の成果を持って、黙って山中の元へ行くというのは、何となく後ろめたかったから、一応断りを入れに来たのだ。 「俺は顧問じゃないぞ。そもそも水曜は化学部休みだろ」  大竹は実験レポートの採点をしながら、顔も上げずに返事を寄越した。 「うん。でも一応さ」 「ふぅん…、まぁ、他の部員が来たら言っとくから、用があるならさっさと行け」  大竹はしっしと手を振って、設楽を準備室から追い出した。  そのまま、設楽は山中のアパートに向かった。こないだは設楽の体を気遣ってタクシーを使ってくれたが、バスで1本の所に目指すアパートはあった。  呼び鈴を押すと、すぐに山中はドアを開け、小さく笑って設楽を中に入れた。 「こないだのキャンプ、どうだった?」 「すげー良かった!」  リビングのローテーブルに設楽を招いて、コーヒーを作りながら山中が訊くと、設楽はさも楽しげにキャンプの報告をした。 「採石場の中の川原でキャンプしたんだけどね、すごい良かった!夜、月明かりで川原の岩の中の石英が光るんだよ!まるで夜空の中にいるみたいに、すごい綺麗だった!先生も見たらきっと気にいるよ!」 「へぇ」  コーヒーを口に含む。インスタントだ。大竹の淹れるコーヒーとはやはり違うが、それでも山中が自分のために淹れてくれたと思うと、何よりも美味しかった。 「それでね、これが前言ってたお土産」  一応透明なラッピングの袋に入れて、ブルーのリボンをかけてきた。その袋を取り出すと、山中は「え?良いの?」と、そっと手を伸ばした。山中の長い指がリボンを外し、中の水晶を取り出して掌に乗せると、前に結晶に触れないのが厭だと言ったのを思い出したのか、「これは触れる結晶だね」とふんわりと笑った。 「それ、俺が採集したんだ」 「採集?」  想定外の言葉だったのだろう、山中は驚いたように設楽を見つめた。 「そう、採石場には色んな鉱石があってね。これは岩から顔を出してたから、俺が掘り出したんだよ」 「設楽が?」 「うん!」 「すごいな……。水晶って、そんな風にして採れるんだ……」  山中はしげしげと水晶を見つめながら手に取ると、くるくると手の中で持ち替え、色んな角度から水晶を楽しんだ。水晶を採集する様子を想像しているのだろうか、時々目を細めて、「うわ、なんかイメージ沸いてきそう」と小さく呟いた。  ひとしきり嬉しそうに水晶を玩んでいたが、ふと顔を上げると、心配そうに設楽を見つめる。 「でも、これ採ってくるの大変だったんじゃないのか?そんな大事な物、俺が貰っちゃって良いの?」 「先生に貰って欲しくて探しに行ったんだよ。大事な物だから貰って欲しいんだ」  その台詞に、山中は少し途惑った顔をした。  違う。こんな顔が見たかった訳じゃない。  どうしてこんな言葉を言ってしまったんだ。もっと軽い調子で、先生の負担にならないように言わなきゃいけなかったのに……。  設楽の泣きそうな顔を見て、山中は小さく頷くと、「ありがとう」と、水晶を握りしめた。

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