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水晶ー2

 それから暫く、2人はなんとなく気まずげに、そしてほんの僅かに恥ずかしそうに、水晶を眺めたり、山中の作品や過去のポートフォリオを見たりして時間を過ごした。  言いたいこと……いや、言わなくちゃいけないことはあるのに、それを言ったらもうこの関係は終わるのだと思うと、口を開くことができない。山中もそれを察しているのだろう、敢えて設楽を促すような真似はしなかった。  夜の7時を回った頃だろうか。設楽が「飯作ろうか」と腰を上げた。 「え?設楽が作ってくれるの?やった、俺設楽の飯大好き!」  山中がやっと明るい顔をしてくれて、設楽も思わず笑顔になった。  キッチンツールのほとんど無い山中の部屋で料理をするため、メニューは思案のしどころだ。何しろ、インスタントラーメンを作るためだと言った、小さな鍋が1つあるきりなのだ。  冷蔵庫を覗くとめんつゆと卵が入っていた。一応、ほとんど使っていないらしいが炊飯器もあった。それなら親子丼でも作ろうかと、2人でスーパーに買い出しに行った。何となく、2人で買い物をするという行為が嬉しかった。  せっかく家で作るのだから、外で食べるような親子丼を作ってもしょうがないだろうと、鶏とタマネギの他に、ニンジン、椎茸、サヤエンドウ入りの、具だくさん親子丼を作ることにした。それと、短冊に切った大根とキュウリにツナ缶と醤油を混ぜたお手軽サラダ。これにレトルトの味噌汁を付けると、山中は目を輝かせた。 「こんな簡単なモンでごめんね」 「何言ってるの!?超ご馳走じゃん!うっわ、卵とろっとろ!」  大喜びして自分の手料理を食べてくれる山中に、胸が熱くなる。  いつまでもこうしていたい。例え先生が俺を好きじゃなくても、こうして先生のために食事を作って、たまにセックスをして。それの何がいけないんだろう。  ……いいや。そうじゃない。  分かってる。そんなのはおかしいんだ。先生のことが好きなら、俺は自分からそれを言わなくちゃいけないんだ……。  食事が終わって洗い物をしている山中の背中に向かって、設楽は意を決して声を掛けた。 「こないだ、怪我して保健室に行ったんだ」 「うん、聞いたよ。怪我、大丈夫だった?」 「もうすっかり良くなったよ。……それで、笹原先生と話をした」 「……」  ────山中は、設楽の方を見ない。ただシンクを流れる水の音が、狭い部屋の中に響いていた。 「……俺は、先生が好きだ。だから先生が罪悪感と責任感で俺を抱いてくれてるって知ってるけど、それに付け込ませて貰ってでも、先生に抱いて欲しいって思ってる。でも先生は高柳が言うみたいに、どうしても誰かを抱かなくちゃいけないようには見えないんだ。先生、辛そうだよ。先生は、本当に今のままで良いの?」 「……」  食器は洗い終わったのだろうに、山中は水の流れに手を浸し続けていた。  こちらを見てくれなくても、山中が話を聞いてくれている事は分かっていた。だから、設楽は構わずにその背中に話し続ける。 「先生は高柳が好きなんでしょう?高柳の前で他の男とセックスするのなんて、本当は厭なんでしょう?笹原先生は、俺が先生と寝ることで、余計に先生は自分のトラウマと向き合えないんだって言ってた」  まるで石像のように固まっている山中は、設楽の「俺も、そう思う」という台詞で、初めてぴくりと体を震わした。 「先生は、本当はどうしたいの?本当に高柳の連れてきた男を、タチとして抱きたいの?高柳の前で?そんな事無いんでしょう?なのに何で高柳にそう言わないの?言いなよ。本当に厭なら、ちゃんと言いなよ!」  抑えようとしても、段々声が大きくなっていき、最後は声が震えてしまった。だが返ってきた山中の声は、設楽の声以上に震えていた。 「……分からないんだ……」  山中がやっと発した声は、消えそうなほどか細くて、思わず抱きしめたくなるような、弱々しい声だった。

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