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水晶ー3

「分からないんだよ。確かに俺は昔、高柳に当たり前のように抱かれていると、どうしても男を抱かずにはいられなくなった。自分が抱かれるだけの存在ではなくて、ちゃんと人を抱く事ができるんだと、そう証明したい気持ちだったのかもしれない。高校、大学の時は、それで高柳と相当衝突したよ。何度も別れそうになった。でも別れられなかった。そのうち高柳が俺に男を宛がうようになって……。あいつが連れてきた男と寝るようになって、もう10年近く経つんだ」 「え……?」  そんなに……?いや、大学時代に笹原先生が先生と寝るようになったって事は、その頃から今の関係が続いているという事か……?10年……?そんなに……?  設楽の思いが顔に出ているのだろう。山中は困ったような、恥ずかしいような、辛そうな顔をした。 「だから……分からないんだ。俺は今でも男を抱かずにはいられないのか、それとも、もうそんな気持ちは無いのか、分からないんだよ」 「それって……じゃあ、それって高柳が連れてくるから男を抱いてるだけって事?高柳が連れてこなかったら……」 「だから分からないんだよ。だって、あいつは定期的に男を連れてくるから。俺が我慢できないと思うより先に、男を連れてくるんだよ。抱いても良いと言われれば、俺はやっぱり抱きたくなるんだ。でもその気持ちが本当に俺の物なのか、高柳の物なのか、それももう分からないんだ」  ……なんてことだ……。  設楽は、頭から冷水を浴びせられたような気がした。  それが本当なら、高柳のやっている事は何だ?山中はこんなに苦しんでいるのに……! 「……ごめんね。設楽が俺の体だけが目当ての奴なら良かったのに。そうしたら、俺はこんなに設楽を好きにならずに済んで、もっと割り切って設楽とセックスできたのに。それならきっと設楽がそんな風に俺のために苦しんだりすることはなかったんだ。ごめん……ごめんな、設楽」  哀しそうにそう告げる山中に、泣きたくなる。なんで先生が謝るんだ。勝手に好きになったのは俺なのに。高柳が俺を連れてきたから、仕方なく先生は俺を抱いているだけなのに。 「何言ってるんだよ!苦しんでるのは先生だろ!?俺が、俺がもっと先生が楽に俺の体を使えるように割り切ってなきゃいけなかったのに、俺のせいで先生が苦しむなんて、そんなの厭だよ!!」  設楽の台詞に、山中は眉根を寄せた。今まで見たこともない、険しい顔だ。その表情に、設楽はびくりと怖くなる。  先生を、怒らせた────。 「ご、ごめん、先生。俺、調子に乗って……」 「お前の体を楽に使うって何だよ……」 「ごめ……」 「俺は、お前をそんな風には見れない!俺だってお前が可愛くて、お前には幸せになって欲しいと思ってる!それなのに俺はお前にそんな事を言わせてるんだ!俺だってお前が好きだよ!お前がひたむきに俺に向き合ってくれて、俺がどれだけ嬉しくて苦しいか分かるか!?なのに、俺はお前にそんな顔しかさせてやれないんだよ!」  山中は自分の頭を掻きむしり、抱え込むようにして蹲った。声が、涙に震えている。 「俺だってお前に優しくしたいよ……!お前の事可愛がりたいよ……!でも、お前はいつもそうやって、俺の事何か特別な違う物みたいに扱うから……だから俺はどうして良いのか分からなくなるんだ……!たか……高柳の事は、もう自分でもどうしようもないくらいに切り離せなくなってるし、あいつの事はやっぱり好きだし裏切れないし……だから、こんな俺がお前の気持ちや時間を奪っちゃいけないって……!分かってるんだよ、設楽を俺に縛り付けちゃいけないって、ちゃんと分かってる!でも……俺は卑怯だから、設楽が俺を好きだって言ってくれる気持ちに胡座(あぐら)をかいて、お前の気持ちを利用しちまうんだよ……!お前が可愛いから、お前が好きだから、だから本当は────!」  思わず、山中の体を抱きしめた。  嬉しかった。  先生が、自分を好きだと言ってくれて、嬉しかった。  どうしよう。涙が出る。俺達が同じ気持ちで、同じ物を見ていた事に、嬉しくなる。  そして、それは同時に、設楽の中を真っ白にする。  哀しいのでも、悔しいのでも、辛いのでもない。ただ、真っ白だ。涙だけが溢れてくる。  俺も、先生も、同じ事を考えている。  ────俺達は、一緒にいてはいけないのだ────。  設楽は涙を拭った。山中を抱きしめる腕に力を込め、山中の肩に額を押しつけた。  言わなくちゃ。  俺から、ちゃんと言わなくちゃ。  大丈夫。先生が俺を好きだと言ってくれた。だから、俺はそれを言う事ができる。  設楽はゆっくりと山中の背中に腕を回し、愛おしむように背中を上下に撫でた。何回も、何回も、繰り返し……。 「先生、俺達、少し離れよう?俺も高柳に言うから、先生も高柳とちゃんと話して?それで、それでも先生がやっぱり男が抱きたくなるんだったら、俺を呼んで。俺は、先生が俺を求めてくれるんなら、高柳の次でも構わないんだ。先生のトラウマを利用してでも、先生に抱いてもらいたいと思ってる。でも、俺は先生が苦しいのは厭なんだ。だから俺達、少し離れよう……?」  山中が、設楽を涙で濡れた目で見つめた。まるで、ぽっかりと空いた青空のような目だ。どこまでも遠く澄んでいて、魅き込まれる……。  どちらからともなく、山中と設楽は唇を合わせた。  それは、触れあうだけの優しいキスだった。  そうして設楽は、動けずにいる山中を残して、部屋を後にした────。

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