74 / 111

防波堤-2

「え……普通に部活で作るよ……?」 「そうか?でも土曜に用事がある方が良いんじゃないのか?」 「え……」  今、何て言った?  土曜に用事がある方が……?  背筋が冷たくなった。  土曜……そんな事を、今まで大竹に言った事はない。  いや、あるとするならあの日……あの川原で……。  何て事だ。  先生、やっぱり俺の言ったこと、覚えて……! 「先生、先生、俺……」 「ん?こないだそんな風に言ってたぞ。土曜に用事があれば良いんだって。聞き違ったか?まぁ、あの時お前何言ってるかよく分からなかったからな」 「いや…」  先生が本当に聞き取れていなかったのか、分からなくなってきた。本当は全部分かっていて……いや、でももし全部分かっているのなら、何故そんなことを……どうして俺と普通に接することができる……? 「まぁ、別に無理強いはしねぇよ。俺土曜仕事で学校来るから、やるなら勝手にどうぞって話」 「……先生……」  大竹はプリントを手繰りながら、何事もないような口調でそう言った。  背中に厭な汗が流れた。やっぱり……やっぱり先生、俺達のこと……。  その時、準備室のドアがいきなり開いた。びくりとして入り口を見ると、そこに高柳が立っていた。口の中がひどく乾いた。どうして良いのか、まるで分からなかった……。 「設楽、お前こっちにいたのか。少し良いか?」  口調に反して、目は有無を言わさぬ強さでこちらを見ている。  言わなければ。  山中の事を、ちゃんと高柳に言わなければ。  でも、今はまだ傷口が生々しすぎて、高柳と話をする勇気が持てない。 「あ……、たか、柳……」  全身が固まったように動けずにいる設楽に変わって、口を開いたのは大竹だった。 「じゃあ土曜は10時に来てもらって良いか?」 「え?」  設楽と高柳、2人揃って大竹を見た。出し抜けに、何を言い出すのか。  だが、考えるより先に、設楽は大竹の台詞に乗った。 「はい。じゃあ10時に……!」 「あぁ。お前、具合悪いんだから早く帰れ」   大竹は全く高柳を見なかった。いつも通りの無表情で、プリントから目だけをちらりと上げ、設楽を見る。その目が「良いからさっさと帰れ」と、設楽には読み取れた。  先生、どうして……。  いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。設楽は慌てて鞄を掴むと立ち上がった。 「そうします。先生、それじゃあ土曜はお願いします」 「おい設楽!」  俯いて足早にドアに向かう設楽の腕を引き留めようと、高柳はとっさに手を伸ばした。  だが。 「高柳せーんーせー」  大竹の声に、ぎくりと高柳の腕が止まる。 「体調不良で帰ろうとしている生徒を掴まえてまでしなきゃならない話って、どんな話ですか?」  そう言われれば、高柳はぐっと詰まるしかない。 「し…、失礼します」 「ん、お大事に」  救われたような顔でドアを閉める設楽に声だけ掛けて、大竹はまたプリントに目を落とした。高柳が悔しそうに口元を歪めるのを、目の端に留めながら。

ともだちにシェアしよう!