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準備室の結晶

 月曜日、ウサギの送り先を聞こうと中休みに化学準備室へ行くと、大竹はビーカーに色水を作っていた。 「あれ?また結晶?」 「……こんな時間にどうした」  1、2時間目に授業が入っていなかったらしい大竹は、綺麗な若竹色の調合に余念がなかった。 「優唯ちゃん、昨日ウサギのぬいぐるみを忘れてったんだよ。清香さんに訊いたら、先生に住所聞いて送ってくれって」 「そうか、手間かけさせて悪かったな。俺が送っておく。ぬいぐるみは?」 「家に置いてきた」  正直に言うと、ちっと舌打ちされた。なっ!舌打ちとか!! 「なんだよ、いくら先生でもそれは失礼だろ!感じ悪いな!」 「何で持ってこないんだ」 「やだよ!何で俺が学校にウサギのぬいぐるみなんか持って来なきゃいけないんだよ!そんなの持ってるとこ誰かに見つかったら恥ずかしいだろ!着払いで良いって言われたから、今日の夜にでも送っとく。住所教えてよ」  設楽が生徒手帳を取り出すと、大竹は手を休めずに実家の住所を暗唱した。 「迷惑ばっかかけてすまないな」  そう思ってるなら舌打ちなんかするな!というのはぐっと心の中に仕舞っておく。大竹にそんなことを言っても無駄なのだ。  慣れた手つきで種結晶を縛って色水の中に沈めると、大竹は広口瓶の蓋を閉めた。満足のいく色に仕上がったのだろう。若々しい色だ。  その隣りに、こないだ設楽が作った朝焼けの結晶が並んでいる。 「最近よく結晶作ってるよね」 「そうだな」  月に1つから2つのペースで結晶が増えている。アクアマリン、パライバ、ペリドット……前に作っていた結晶には色に統一性はなかったが、最近作っている結晶は爽やかな色が多い。 「何で急に、こんな沢山?」 「……こないだ1個作ったら、スイッチが入った」  ラベル用紙を取り出して、作成日や使った染料の名前を書き込み、丁寧に瓶に貼っている。暫く準備室に飾られた結晶は、そのうちにケースに収め直すらしい。前に見せて貰ったが、そこにもきちんとラベルが貼られていた。  窓辺に並んだラベルを指で辿りっていると、設楽はふとあることに気がついた。  ……まさか……? 「……先生、これ……」 「ん?」  大竹は器具を洗って道具棚に片付けていた。早くしないとSHRが始まるから手伝ってくれと言われ、設楽も並んで棚に器具を入れていった。途中で大竹の横顔を盗み見ると、大竹が「何だ?」と怪訝な顔で見返してきた。 「いや、何でもない」  喉から出かかった言葉を、設楽はぐっと飲み込んだ。  土曜日に大竹と2人でいる機会は増えていった。化学室だったり、2人で山に出かけることもあったし、優唯と3人で大竹の家に居ることもあった。今では友達と土曜日に待ち合わせることはほとんどなくなっていた。  ────飽和量まで溶け込んだ気持ちは、ほんの僅かな温度変化と小さな核を得ると、結晶となって溢れ出す。だが、それは決して触れてはならないのだ────。  姉を捨てた男と似ているという理由で、大竹は高柳を準備室から追い出した。  子供は苦手だと言いながら、姉の娘を部屋に預かり、バイト代を出してまで設楽に世話をさせている。  そうして設楽は気がついた。  清香が部屋に来た次の月曜日に、化学準備室に結晶が増えていくということに────。  美しい、美しい結晶。  爽やかで瑞々しい色をした、宝石のような結晶。  丁寧に薬品を計り、ゆっくりと温め、時間と手間をかけて結晶はできあがる。  そうか。あれは、清香さんへの先生の気持ちだったのだ……。  溢れ出させるわけにはいかない。手で触れるわけにはいかない。  だって、相手は実の姉なのだから。  だから、大竹はその気持ちを結晶に閉じこめていたのだ。  そう思えば納得がいく。  そうか、そうだったのか……。  設楽は、自分の手の先をじっと見つめて、ぎゅっと握り込んだ。  ────どうしてだろう。  どうしてそれが、こんなに胸を痛くさせるのだろう……。

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