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遊園地
先生の部屋で待ち合わせて、優唯と2人で小さな遊園地に遊びに行った。幼い子供が喜びそうな遊具で遊んだり、観覧車に乗ったり、パンダの車に乗ったり。設楽は何となく笑顔を貼り付けながら、優唯が喜ぶ様子を眺めていた。
……先生は、清香さんが好きなんだ……。
楽しそうに設楽に手を振る優唯から思わず目を逸らした。
違う。
先生が清香さんを好きだから胸が痛いんじゃない。
先生には幸せな恋をして欲しかった。先生ぐらいは、幸せで健やかで誰からも祝福されるような恋をしていて欲しかった。
自分には出来ない、素敵な恋を。
だからこんなに苦しいのだ。先生が好きになったのが実のお姉さんだったから、だからこんなに苦しいのだ。
どうしてお姉さんなんだろう。
確かに綺麗な人だ。可愛らしくて、年下の俺でも守ってあげたくなる。
例えば清香さんがお姉さんではなく、デパートのフロアで働いているただの清香さんだったのなら、こんなに胸が痛むことはなかった。最低なバイヤーと恋に落ちたりせず、大竹と恋に落ちる彼女なら、きっと自分の胸は痛まなかった筈だ。
大竹がデパートに立つ清香に笑って片手を挙げる。清香は仕事中だからと目配せをする。いたずらっぽく目元を緩めて、大竹が商品について尋ねる振りをしながら清香に足を向ける。彼女は困ったような、それでいて嬉しそうな顔をして、自分から大竹に近づいていく……。
そんな姿なら、すぐに想像できる。
でも、それは彼女が「お姉さん」ではなく、デパートで働く「ただの清香さん」だった場合だ。
大竹は苦しいのだ。触れることも出来ない気持ちを結晶に閉じこめて、並べて眺めているほどに。
「……何でだよ。先生、何でお姉さんなんだよ……」
実の姉に恋をするくらいなら、男同士の方がまだましだ。未だに根強い差別はあるが、それでも二丁目のように、居場所が全く無い訳ではない。高柳がなんだかんだ言って定期的に山中の相手を見つけてこれるのは、つまりそれが許される世界があるからだ。
でも、実の姉では許されない。
ほんの一歩でも、姉弟 という枠から出ることは許されない。
どうしてお姉さんなんだよ。どうして……。
大竹が姉を思って、どれだけの長い夜を過ごしてきたのか。考えると泣きたくなる。
自分にはそんな権利はひとかけらだって無いのに。
「ともお兄ちゃん?」
小さな手に触れられて、設楽ははっとして優唯を見た。
「どうしたの?ともお兄ちゃん、どこか痛いの?」
不思議な物でも見るように、設楽は優唯の顔を見た。
小さな顔の中で、目が不安げに揺れている。
清香さんによく似ていた。可愛い優唯ちゃん。
この子は、先生とお姉さんを繋ぐ、小さな架け橋なのだ……。
「大丈夫だよ、優唯ちゃん。ごめんね、ぼーっとして。さ、次は何に乗ろうか」
設楽が笑顔を見せると、優唯は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした。
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