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高尾山-2
俺が大学に入るのは、早くても2年後のこの季節に合格通知を貰ってからだ。そんな先の話、まるで見当がつかない。
だって2年もあったら、人の関係なんてすぐに変わってしまう。近い将来、設楽は受験勉強に追われて大竹と遊んでいる暇なんてすぐに無くなるだろうし、そうなれば大竹も設楽の事なんて忘れてしまうだろう。高校を卒業すれば学校で毎日のように顔を合わせる事もなくなるし、第一大学だって遠方になるかもしれない。
普通の女性を好きになっていれば、2年という年月は、プロポーズして家庭を持ってもおかしくない時間だ。ひょっとしたら子供だってできるかもしれない。そんな2年を、設楽はこれからも迎える事はないだろうし、同じように大竹も迎えるつもりはないのだろう。
……あぁ、そうか。
大竹は、きっと何年も前から清香さんを好きだったんだ。
決して手に入らないのに、消え去ることも忘れることも許されない人を好きになって、大竹はこれから先もずっと清香さんだけを好きでい続けるつもりなのだろう。
そんなスパンで生きてきた人間にとって、2年先の話など、ずっと変わらない日常の続きなのだ。大竹の時間は止まっている。だから設楽にとってのこの先の数年が、人生の中で最も激動する時期だという事に、大竹は思い至らないのだ。
……何だろう。何でこんなに、ムカムカするのだろう。
「どうした?」
急に黙り込んだ設楽に、怪訝そうに大竹が声を掛けてくる。さっきまで一緒に笑っていた設楽の沈黙を、どう受け取ったのだろうか。
慌てて設楽は適当な言葉を口にした。
「いや!渋滞情報でよく聞く猿橋バス停付近って、この辺近いのかな~と思って!」
「は?猿橋?大月市の?」
「そうそれ。猿橋って、本当に猿が作ったの?」
「いや、日本で唯一残る刎橋 だ」
「刎橋?」
「あぁ、橋桁 のない木製の橋で、江戸時代からあるらしい。中央道からすぐだし、今度行くか?」
「……吊り橋じゃないんだ……。俺、蔦とかで出来てるギッシギシ言うような吊り橋だと思ってた。いかにも猿が作りそうな感じの」
「猿が橋作ったら、とっくに人間に進化済みだろ」
皮肉っぽく笑いながら先を歩く大竹の、斜め後ろからの顎のラインを見ながら歩く。時々、ふと足を緩めて設楽を窺ってくるのは、歩調を合わせてくれているのだろう。大竹の歩く速度は、設楽の物より僅かに速い。山を歩くとき、自分のペースを崩すのは歩きづらいものだが、遅い人のペースに合わせるのは鉄則だ。大竹は設楽が負担に思わないように、さりげなく歩調を合わせてくる。
どうしよう。
どうしよう。
目の前を歩いていく大竹の背中に、どうしようもない苛立ちを感じる。じれったいような、むかつくような、腹が立つような、それでいてその背中に、手を伸ばしてみたいような……。
先生は、いつまで俺とこうして土曜日を過ごすつもりなのだろう。
俺と山中先生との事を知っていて、どうして何も言わないのだろう。
俺が山中先生との事に踏ん切りを付けるまでの、シェルターとして会ってくれてる事は分かっているが、こんなに毎週、貴重な休日を、先生が自分のために使ってくれるなんて……。
それとも、先生も1人でいるのは辛いのだろうか。だから禁忌を犯している者同士の気易さで、俺をそばに置いてくれるのだろうか……。
……だって、先生が好きなのはお姉さんなのに……!
「あー、風が冷たくて気持ち良いな」
北風に首を竦めながら、大竹が振り返って設楽に笑いかけた。
「さっさと温泉入ってあったまろうぜ」
その笑顔に、設楽はどうしようもない焦燥を感じずにはいられなかった……。
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