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グループ展-1

 朝一番に、設楽は山中のグループ展を訪ねた。彫刻、陶芸、七宝、布や紐を組み合わせたような立体造形もある。その中でも、山中の作品は目を惹いた。  奇抜な昆虫のようなドームは、大きな会場でも申し分の無い存在感を示していた。遠くからでも美しい姿に目を奪われるが、近づいて見ると、遠目には分からなかった細かな模様が施されていて、どこから見ても飽きる事がない。何より、色が綺麗だ。ノスタルジックなガラスの色が、遠い何かを思い出させるような、そんな作品だった。 「すごいな、設楽!なんか、評論家みたいだ!」 「え?何、俺うるさい?生意気な事言った!?」 「いや、そんな過分な評価をいただいて、メッチャ嬉しいよ!つうか、美術2の設楽がそこまで語れるとは思わなかった!」 「一言余計だよ、先生!もっとこういうところ評価してよ!」  もっともな意見に山中は誤魔化すように笑い、「ごめんごめん。そんな設楽にはこいつをあげよう!」と、テーブルに並べられた12cm四方のステンドグラスの作品を差し出した。見れば、結構な値段がついている。 「い、良いよ先生!こんな高いの貰えないよ!」 「バカ、気にすんな。こういうのは少し高めにつけておいた方が、みんなありがたがるから高い値段つけてるだけだよ。うちのグループ展ではこういう小さい物を売って、制作費を稼ぐんだよね」  設楽には前から何か貰って欲しかったんだと言われれば、設楽に断る謂われはない。山中が創りだした作品を貰っても良いだなんて、嬉しくて堪らなかった。 「良いの……?」 「だから、貰って欲しいんだって。もう売れ残ってんのこれだけだけど、どれが良い?」  設楽は赤やオレンジ、セピアをメインにしたタイルを選んだ。メインの昆虫と同じ色調をしている。……あの日の朝焼けと同じ色だ。 「ちなみに、これってタイル?」 「あぁ、窓辺に飾ったり、DIYする人はドアに嵌め込んだりするらしいけど、うちの実家のHPでは鍋敷きとして売ってる。そのフレーム、鉄器で作ってあるから、持って帰るのわりかし重いよ?」  手にずっしりと来る重みは、山中の重みだ。  設楽は愛おしい物を抱くようにタイルを抱えて、「ありがとう」と恥ずかしそうに笑った。見返す山中もふんわりと優しい顔をしている。  それから2人で、他のメンバーの作品を見て回った。  グループ展のメンバーは山中の大学時代の友達で、皆仕事の傍らに作品作りを続けているという。美術教師の山中や、美術系専門学校の講師、陶芸工房の職人といった、実益を兼ねた仕事をしている者もいれば、営業マンやスポーツインストラクターのように、全く違う職種に就いているメンバーもいた。それでも夢を諦められないのだろう。 「どうしても、作品作りからは離れられなくてさ」  営業マンはにっこりと笑って、七宝で出来た紙飛行機を設楽にプレゼントしてくれた。 「素晴らしい評論家さんに、お近づきの印にね」  七宝で出来てんなら紙飛行機じゃないじゃんと正直に言ったのが気に入ったらしい。営業マンはさっきから設楽と山中を相手にずっと喋っている。 「じゃあなんて呼べばいいのかな。新しい名前を考えてよ」 「……七宝飛行機?」 「まんまじゃん!少しは捻ってよ!もう、この子面白いね、山ちゃん」  笑いながら山中の肩を抱き寄せる営業マンを、こいつが高柳が言っていた山中に気があるメンバーかと思った。だが設楽に見せつけるように山中に抱きついている営業マンに腹が立つよりも、設楽はただただ山中が心配だった。こいつマジ大丈夫か。まさか高柳、本当に俺が断ったら、こいつを連れてくる気だったのか……?  その場を離れて2人きりになると、設楽は思わず山中に確認した。 「先生、あの七宝の人、大丈夫?あんま2人きりにならない方が良いんじゃない?」 「あはは、高柳と同じ事言うんだな。大丈夫。あいつにはちっとも感じないから」  いたずらっぽく笑う山中は、小悪魔ちゃん気質満々な顔をしていた。なんだ、これなら大丈夫そうだ。そう思って、設楽もニヤリと笑ってみせる。 「……俺には感じたのに……とか、言った方が良い?」 「あ、バカ。それは俺の方から言わないとダメな台詞だろ!」  2人で笑い合っていると、数人の客が入ってきた。2年ごとに同じ会場でグループ展をしている山中達にはファンもいるらしく、作品を求めに来る人も結構いるようだ。山中に話を聞きたそうにしている年配の客が来たのをきっかけに、設楽は暇(いとま)を告げて腰を上げた。 「あ、設楽、今日この後用事ある?」  帰ろうとした設楽を、客を待たせて山中が呼び止める。 「ううん、特に何も」 「じゃあ、3時閉会なんだけど、こいつの搬出手伝ってもらって良い?1人だと大変なんだよ」  少し甘えたような顔をする山中が嬉しくて、設楽は二つ返事で引き受けた。 「あはは、了解。俺、いっつも先生の荷物運びさせられてるよね」 「そう言うなよ。夕飯ご馳走するからさ」 「え?打ち上げとか無いの?」  大学時代からの友人同士のグループなら、打ち上げと称しての飲み会は必須じゃないのか。設楽が意外そうな顔をすると、打ち上げは反省会を兼ねて、後日やる事にしてるんだと教えてくれた。 「みんな搬出した荷物を運ばなきゃいけないからね。それだけで一仕事だよ」  頼むよ、と小さく拝む振りをする山中に納得して頷き、3時前には帰ってくると約束して設楽は会場を後にした。  それから街をブラブラして時間を潰し、3時5分前に会場に戻って、解体と搬出を手伝った。フレームの金属は軽量化を図ったと言っていたが、ガラスだけでも相当な重さだ。山中の指示通りに解体を手伝って、丁寧に梱包し、レンタカーに積んでいく。  2人で1つの作業をするのが心地良かった。作品は重くて重労働だったが、その重さが逆に設楽の胸を喜ばせた。

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