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グループ展-2

 全部終わって家に戻ると、結局夕飯は設楽が作る事になった。山中の家では鍋1つ料理が基本なので、今日はけんちん煮込みうどんを作った。うどんだと言っているのに、うどんはおかずだと言って、山中は勝手に飯を炊いている。 「あー、設楽のご飯、ホントおいしいな」 「うどんがおかずって……。先生、本当よく食べるよね」 「あれ抱えて運ぶんだよ?山程食べないと足りないよ。ラーメンライスと同じ事だろ」 「……そっか。そう考えると有りかな……」  食後に山中がインスタントのコーヒーを淹れてくれて、2人並んで座った。居間の、ベッドの脇のローテーブルだ。テーブルの向い側はテレビが置いてある棚にくっついていて、隣り合って座るしかないようになっている。  肩と肩がぶつかる。その距離感に、少しドキドキしていたのもいけなかったのだ。 「どう?最近大竹先生と一緒にいるみたいだけど、大竹先生、ちゃんと設楽に優しくしてくれる?」  何気なく訊いたのだと思う。多分、山中に他意は無かった。誰に対しても横柄で意地の悪い顔をする大竹と一緒にいて、設楽が大変じゃないのかと心配したのだろう。だから本当に、山中は何気なくそう言ったのだ。  ただ、それを受け止める設楽の方が、何気なく、とはいかなかった。  いきなり山中の口から大竹のことを言われて、設楽は狼狽えて顔を逸らしてしまた。 「……え?設楽?」 「いや…っ!何でもない!うん、大丈夫!大竹先生、優しいよ!」 「……設楽……何で赤い顔……」  そこまで言って、山中ははっとして設楽の肩をがっと掴んだ。 「設楽!お前、まさか大竹さんに何かされたのか!?」 「さ…されないよ!っていうか、されるって何を……!?」 「だって毎週末会ってるんだろ!?くそっ!おかしいと思ったんだ!あの大竹さんが設楽にだけあんなに優しくしてんの、変だと思ったんだよ!ひどい事とかされてないか!?」 「ち……違うよ!違うって!ただ先生の姪っ子の子守を頼まれてるだけで!」 「じゃあ何でそんな顔すんだよ!設楽!誰にも言わないから、俺にだけは本当の事言えって!俺達、そんな他人みたいな間柄じゃないだろ!?」  山中はどうでも大竹が設楽に手を出していると信じているらしい。あの大竹が!?まさか、そんな筈あるわけがない。だって、だって先生は……! 「本当に違うって!だって、先生にはちゃんと好きな人がいるんだよ……!」  思わず声の大きくなった設楽をまじまじと山中が見ていた。  どうしてそんな考えになるんだ。大竹先生は清香さんが好きなのに。男で年下で生徒の自分になんか、そんな気になる訳ないのに……!! 「設楽……?」  そっと、山中の指が設楽の頬に触れてきた。その指が、ゆっくりと上って、目元に触れる。 「設楽、お前まさか、大竹さんの事……」  山中の親指が、設楽の目元を拭う。何を言っているのか。山中は自分に何を言っているのか……。 「設楽、大竹さんの事、好きなのか……?」 「違う!そんな訳ない!」  咄嗟に叫んでいた。そんな訳……、そんな事があって良い訳がない。だって…… 「だって大竹先生には好きな人がいるんだよ!?」 「それは関係ないだろう!?」 「あるよ!関係ある……っ!!」 「設楽!」  大竹先生は清香さんが好きなんだ。自分が大竹先生を好きになるなんて……そんな……そんなこと…… 「じゃあ何でお前、泣いてるんだよ!」  設楽は、そう言った山中の胸に抱き込まれた。  泣いてる……?  俺が……?  山中の匂いに包まれて、山中に頭を抱きかかえられて、設楽はしゃくり上げて首を振った。 「違うよっ、そんな…そんな訳無い……!俺は山中先生が好きなんだよ!先生、知ってるじゃないか……!」  山中は優しく設楽の頭を撫でてくれた。まるで、駄々っ子をあやすように。 「知ってるよ。設楽は俺の事を好きになってくれた。俺も設楽の事が好きだよ。でも、好きには色んな気持ちがある。多分、俺達の好きって気持ちは同じ気持ちなんだよ。だけど、設楽が大竹先生を好きな気持ちは、俺を好きな気持ちとは違う」  当たり前だ。大竹先生への気持ちが、山中先生への気持ちと同じ訳がないじゃないか。だって、俺は山中先生が好きなんだ。大竹先生じゃない。大竹先生であって良い筈がない。 「設楽は、俺の為になら、俺の事を簡単に手放す事が出来た。でも、大竹先生は違うんだろう……?」 「なに……」  山中の目が自分の目の前にあった。ひどく真剣な顔をしている。  違う。違う。俺は山中先生が好きだ。ずっとずっと先生が好きだった。大竹先生と一緒にいたって、俺が考えるのはいつもいつも先生の事だった。俺が好きなのは先生だ。俺が好きなのは……  ぐっと、頭を掻き抱かれた。山中の声が、耳元で困ったように響く。 「設楽、もしかして分かってない?自分が今、どんな顔してるのか、知ってる?」  俺が、どんな顔……?  設楽は山中の目を見ながら、ゆるゆると頭を振った。  先生は誤解してるんだ。俺が大竹先生と一緒にいるのは、先生を忘れる為だ。それをこんなひどく誤解するなんて……。先生に、ちゃんと知って貰わなきゃ。俺が好きなのが誰なのか、ちゃんと分かって貰わなくちゃ……。

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