84 / 111

グループ展-3

「大竹先生は……大竹先生は、俺が先生と高柳の事で辛かった時、いつもで傍にいてくれて、俺を気遣ってくれて……俺が、先生の事考えなくても良いようにって、俺を連れ出してくれて……。だから、だから俺は大竹先生がいてくれるのが当たり前になっちゃったんだ……。でも、大竹先生の事は好きじゃないよ……。そういう好きとは違うんだ。だって、大竹先生が好きなのは、俺じゃないんだから……」  清香さんに会った後には結晶を作る大竹先生……。  先生は、俺が先生と同じように決して叶う事のない想いを同じように抱えているから、だから優しくしてくれているだけなのに……! 「じゃあ、どうして設楽は泣いてるの……?」 「泣いてなんか……!」  視界が歪む度に、山中の指が設楽の目尻を優しく撫でていく。山中の胸に縋っているのに、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。 「だって……だって大竹先生は、好きな人に会う度に結晶を作るんだよ。とっても綺麗な結晶を、その人の為に作ってるんだよ!自分の気持ちを結晶の中に閉じこめて、先生はその人への気持ちを封じ込んでるんだ。そんな大竹先生を好きになるなんて……そんな事ある訳ない。好きになるなんて、そんな事出来ないよ……!」 「だから!大竹さんが他の人を好きなのと、設楽が大竹さんを好きになるのは、全く違う問題だろ?」 「違わないよ!」  大竹のそれは同情だ。設楽が山中と高柳の間で苦しんでいるから、自分の叶う事のない気持ちを慰めるために、同じように叶うことのない思いに苦しんでいる設楽を傍に置いて優しくしてくれているだけなのだろう。  もし……もし俺が大竹先生を好きになったら……、きっと……きっと…… 「きっと、先生はもう俺を傍に置いてはくれないよ……」  「設楽?」  背中が、ぞっと寒くなった。  いつもいつも、自分が辛い時、苦しい時には大竹が傍にいてくれた。大竹がいたから耐えられた。大竹がいたから……。  でもその大竹に嫌われたら……?  自分はたった1人で、この気持ちと向き合っていかなくてはいけないのか?  たった1人で?  大竹がいない所で、たった1人で……? 「怖いよ……。俺が大竹先生を好きになんかなったら、先生、きっと俺をうるさく思う……。俺を嫌いになるかもしれない。いやだ……。やだよ先生!俺、大竹先生に嫌われるのは厭だ!!」 「設楽…!」  ぐっと肩に置かれた手に力がこもって、設楽は山中の胸から引き剥がされた。目の前に山中の真剣な目がある。視線が絡み合う。設楽の顔は、もう誤魔化しようのない程、涙でぐしゃぐしゃだった。  山中は設楽の目を見つめながら、ゆっくりと言葉を注ぎ込んだ。 「だから、それが好きになるっていう気持ちだよ」 「……っ!」  山中はもう1度、しっかりと設楽の体を抱きしめた。設楽は言葉もなく、ただ身を震わせて泣いている。 「ごめんな、ちょっと憧れただけの俺とこんな関係にならなければ、設楽は自分の本当の気持ちにもっと早く気づけただろうし、こんな葛藤はなかっただろうに……。俺達がお前の大切な気持ちをメチャクチャにしちゃったんだな。本当にごめん」 「違うよ!違うよ、俺は先生が好きなんだ!知ってるじゃないか!」 「知ってるよ。分かってる。俺も設楽が好きだよ。でも設楽は俺のためにそんな風には泣いてくれないし、俺も設楽のためにそんな風には泣けないよ。設楽、分かるだろう?好きって気持ちはいくつも種類があるんだよ。俺と設楽の間にあるのはそういう好きで、設楽が大竹さんをどういう風に好きなのかは、設楽が自分で確かめないといけないことなんだよ」  山中はそう言うと、設楽の額にキスを落とし、それからこめかみにも唇をつけた。 「設楽、設楽、大好きだよ。今迄本当にありがとう。設楽のおかげで俺ももう大丈夫。もう設楽に心配をかけるような真似はしないよ。設楽、設楽……」  山中は何度もそうやって名前を呼びながら、設楽の体を抱きしめ、顔中にキスを降らせていった。  その日、山中はいつまでも触れるだけのキスを繰り返してくれた。  設楽が落ち着くまで。  ────設楽が、大竹との気持ちに向き合えるまで────。  夜も遅くなって、山中の部屋から帰るとき、もう一度山中は設楽の額にキスを落とした。 「ありがとう、設楽」  山中の優しい笑顔を見て思った。  これで本当に最後なのだと。 「それでも、俺は先生が好きだったよ」 「俺もだよ。設楽、いつもでもまたおいで。俺は設楽が好きだから、設楽はいつでもここに来て良いんだよ」  そう言うと、山中は設楽の唇にもう1度、優しい、優しいキスをした。  これで最後なのだ。  本当にもう最後なのだ。 「ありがとう、先生。おやすみなさい」  設楽は山中の玄関のドアを、自分から閉めた。  ────まるで、何かが終わって何かが始まるための、大切な儀式のように。

ともだちにシェアしよう!