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試験期間中の科学部
その日の放課後、設楽は化学室に向かった。部活のみんなが教科書やノートを片手に、「馬場センセーはこの辺の問題が好きでしょう」などとヤマを張っている。
設楽が「ちわ~っす」と化学室に足を踏み入れ、鞄を置いて椅子に座ると、みんなが「お前調子、平気?」と声を掛けてくれた。月曜・火曜と先に帰った設楽を心配してくれているようだ。
「平気です。それより現社にヤマかけて下さいよ。俺、現社苦手なんですよね~」
「あれ?設楽文系コース希望だっけ?」
プリントを見ながらちらちらと準備室の扉に視線をやるが、扉が開く気配はない。……何か質問を作って、大竹を呼び出してしまおうか……。
1時間目、設楽にレポートを手渡した大竹は、いつも通りの顔をしていた。もし自分が泣いたことを不審に思っていたとしても、きっと山中達とのことで不安定になっているとでも思われているのだろう。それなら下手な距離を取る方がまずい。いつも通りに接していた方が良い筈だ。
それに設楽は、もうこれ以上自分から身を退いて、好きな人から離れたくなかった。例え自分が大竹から好かれなくても良い。気持ちを知ってもらえなくても良い。いつまでも大竹が自分の為に居心地の良い場所を用意してくれるというのなら、もうそれだけで良かった。
少なくとも大竹が他人に笑顔を見せる姿を、もう見たくない。自分のいなくなった隙間に他人が入り込むことだけは許せない。それくらいなら、大竹の隣で道化のように、ただ笑っている方がずっとマシだ。
愛されようと思わなければ、少なくとも傍にいられる。
大竹の心が俺の為に開かれることはない。そのことだけ忘れずにいれば良いのだ。
────今、あの準備室の扉が開くことの無いように。
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