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部活の後ー1

 部活のメンバーが帰り支度を始めた時、設楽は「忘れ物あるんで、先に帰ってて下さい」と1人で化学室に残った。誰もいなくなった化学室で、準備室の扉をノックする。  条件さえ揃えば、準備室の扉は開くのだ。だからその条件を間違えないように、ちゃんとわきまえて大竹に接することを、忘れないようにしなければ。  そうしてさえいれば、準備室の扉は俺にだって開く筈だ。 「先生…、大竹先生、まだいる?」 「おう、どうした?」  大竹は月曜日のことなど無かったように、いつも通りの顔で設楽に扉を開けた。  あぁ、やっぱりだ。先生は、あの涙が自分の為に流れた物だとは思っていない。先生にとって俺は、庇護すべき生徒であるだけなのだ……。 「いや、コーヒー飲んでから帰ろうと思って」 「だから、俺のコーヒーは高いっての。まぁ、待ってろ」  そう笑いながら、大竹は1度扉を閉めて中に引っ込んだ。  扉の向こうで大竹が動いている気配がする。設楽はその気配を、体全体で感じ取ろうとした。  それから暫くして、大竹はコーヒーを片手に化学室に戻ってきた。  設楽のために淹れられた、苦くて香ばしいコーヒーを持って。 「やっぱ先生のコーヒー飲むと落ち着くわ」 「ガキが生意気な」  その台詞に、設楽は思わずくくくと笑った。 「何だ?」 「いや、その『ガキが生意気な』って、先生の口癖だよね。それ聞くの何回目かなぁと思って」  そう言うと、大竹はコーヒーを啜りながら、小さく肩を竦めた。  先生は知らない。  俺はもうガキなんかじゃないんだよ。  先生が知らないだけで、俺はもうガキなんかじゃないんだ。  だって、こんなにあんたが好きだ。  こんなにあんたのことが好きなんだ。  でも俺は、もうこの想いを、結晶の中に封じ込めようとは思わない。  触れるどころか形にすることも許されないけれど。  眺めることすら出来ないけれど。  飽和量ギリギリの想いを液体に留めたまま、俺は先生の隣に居続ける。  先生の隣りに、ただ居続けるんだ。  自分の気持ちに沈んでいた設楽がふと顔を上げると、コーヒーを飲む大竹が、黙って自分を見つめていた。 「何?先生?」 「いや……」  大竹は1度口を噤んでコーヒーを啜ると、何度か口を開きかけ、それから躊躇うようにそっと設楽を見つめた。 「日曜、何かあったか?」  大竹がこういう事を訊くのも珍しい。やはり、月曜の涙を気にしてくれているのだ。  大竹がほんの少しだけ眉根を寄せて、気遣わしく設楽を見ている。  設楽は小さく微笑んだ。  そうして大竹が誤解してくれるように、本当のことを言う。 「うん。でも大丈夫。もう終わったから。……終わったんだよ」 「そうか」  大竹の瞳はいたわしむ様な、それでいて少し安心したような色を滲ませている。  優しい先生。  俺はその優しさにつけ込んで、あなたの隣に居続ける。

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