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新学期
2年に進級して初登校し、クラス分けの掲示を見ると、設楽は希望通りのクラスに自分の名前を見つけた。良かった。後はもう頑張って勉強するだけだ。
大竹は今年、2年1組、別名国立Aクラスを受け持つらしい。生徒の方は順位による入れ替えがあるが、基本的に2年の担任は3年進級時も同じクラスを受け持つので、大竹は1番ハードなクラスの担任をすることになったようだ。そりゃあ春休みにやつれもするだろう。
自分もAクラスを維持できるように勉強頑張らなきゃだし、先生も忙しいだろうし、今迄みたいにはもうあんまり一緒にいられないのかな……。
そう思うと、年度の初っぱなだというのに、設楽の心は暗くなりそうだった。
だが。
「は?受験するのは俺じゃねぇよ。俺がケツ叩かなくてもやる気のある奴は勝手にやるし、やる気の無いのは何したってやらねぇんだから、別にどこの担任だって変わらねぇだろ」
例のごとく放課後化学準備室に行くと、大竹はケロリとしてそうのたまった。
「むしろ大変なのはBクラだろ。なんとしてでも現役で合格させないと学校の進学実績に響くってんで、上からすげぇ圧力かけられてな。まぁ、Aクラは受かって当然と思われてるからそこがナンだけど。入試なんて水物だから何とも言えないしなぁ。高柳なんて今年3年の理数Bクラだから、あいつの方が泣きをみるんだろうよ」
良い気味だと、大竹は意地悪く笑った。
……教師って大変だ……。あんまり舞台裏は知らなかった方が良かったような……。
でも待てよ。
「それじゃあ、先生去年と忙しさは変わらない?俺、今年も先生と一緒に色々出かける気満々なんだけど」
「まぁ、息抜き程度にな。もっとも俺の方も、子守頼む気満々だけど?」
「あ……」
……一気に、背筋が冷えた。
そうだ。清香さん……。
設楽の顔が強張ったのに気づいたのか、大竹が「どうした?」と訊いてきた。
「やっぱ勉強と子守じゃ大変か?なら」
「大丈夫だよ!優唯ちゃん可愛いから、俺大好きだし!土曜日くらい息抜きしないと、俺だって死んじゃうよ!」
『なら』なんだ?他の奴に頼むのか?俺以外の奴を先生の家に上げて、俺以外の奴と優唯ちゃんの帰った後に酒盛りをするのか?
そんなのイヤだ。そんなの我慢できるわけがないよ……!
大竹が自分より清香を好きなのは、それはしょうがないと割り切っていたつもりだった。好きな気持ちは無理矢理どうこうできるものじゃない。清香の為に受験生の設楽に子守をさせようといのが例え大竹の勝手だとしても、設楽はその勝手に乗っかって、利用してやるしかないのだ。
設楽は知らなかった。
本気で好きな人が自分以外の人を好きだということが、どれほど辛いことか。それを傍で見続けると言うことがどれだけ辛いことか、まだ分かっていなかったのだ。
山中を好きだった時も、山中が高柳を好きだという事実が辛かった。それでも山中が自分を抱く事で心の均衡を保っていられたのだ。今思えば、それで納得できたのだ、自分の気持ちはそれだけ本気ではなかったのだろう。
だが、大竹は。
「設楽、面倒くさかったら遠慮しなくて良いんだぞ?別に子守断っても、遊びには連れてってやるからさ」
「ううん。大丈夫。それに優唯ちゃんは俺の彼女だからね」
「ロリコンか。はは、でもそう言ってくれると助かるわ」
そろそろコーヒーでも淹れるかと席を立つ大竹の背中を見ながら、でもそれがなければ、先生の傍にいられないでしょう?と、設楽は胸の中で吐き出した。
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