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清香さんー1
「ともお兄ちゃん!公園行こうよ!」
優唯の可愛らしい指が、宿題を広げていた設楽の服を握って、愛らしくおねだりしてくる。
「優唯、設楽は勉強中だ」
「べーだ。慎おじちゃんには言ってないもん!行こ、お兄ちゃん」
大竹の制止を可愛らしく振り切って、優唯が設楽の腕に手を絡める。小さくてもさすが女の子だ。甘え上手なんだろう、ついつい言うことを聞いてやりたくなる。
「良いよ。公園行って、それで帰りにお昼ご飯の材料買ってこようか。優唯ちゃん何食べたい?」
「オムライス!」
「またぁ?」
まぁ、月に1、2度の事だ。同じ物ばかりリクエストされても、許してあげて良いのかな。
「じゃあ先生、ちょっと行ってきます」
「おう。ついでに帰り、こいつの換え芯買ってきてくれ」
大竹が財布とボールペンを渡してきた。大竹は設楽を信用しているのか、カードも万札も入れたままの財布をすぐに放ってくる。使い込んだりしたらどうするつもりなのだろうか。いや、使わないけどさ……。
優唯と一緒にいるのは楽しかった。兄弟のいない設楽には、年の離れた妹ができたようでくすぐったかった。公園で遊具に乗ったり、隠れんぼをしたりして、体を動かすのも気持ちが良かった。スーパーで好きなお菓子や食玩を買ってやり、家に戻って叱られて、優唯と2人で「慎おじちゃんは意地悪だよね」「そうだよね、たまに来た時くらい、買ってあげても良いのにね」などと文句を言うのも楽しかった。
そうして夕方、優唯の母親が現れる。
「ママー!」
「遅くなってごめんね、優唯。良い子にしてた?」
「うん!ゆいちゃん、ちゃんと良い子にしてたよ!」
どれだけ設楽に懐いていても、やはり母親には敵わない。優唯は全身で清香に抱きつき、嬉しそうに甘えた声を出している。
「ごめんね、智くん。いっつも面倒なこと押しつけて。慎ちゃんも少しは手伝ってる?」
「そう思うんなら、あんまり預けに来るなよ」
「そんなこと言わないで。お願いよ」
困ったように眉を顰める清香は、設楽の目から見てもとても美しかった。
「顰 みに倣う」という言葉がある。中国春秋時代、呉王・払差 の寵姫であった西施 が、胸の病の為に眉を顰めて俯 く様があまりに美しく、後宮中の美女達がその真似をしたという。良いことでも悪いことでも構わず人真似をする愚かさを例えた言葉だが、清香の顔を見ていると、本当にあった話なのだろうと思う。
ほら見ろ、先生が困ったように横を向いている。実の姉であっても、あれだけ美人にあんな儚げにされては、陥ちない男はいないだろう。後宮中の美女がそう思って真似をしたという西施の顔は、きっとこんな顔だったに違いない。
清香が優唯を連れて帰ると、何となく気まずくなって「そろそろ夕飯作ろうか」と、立ち上がった。
「ああ、お前本当に大丈夫か?さっきも勉強全然出来なかったろ?」
「良いんだって。意外と俺、やる時にはやる子だから。夕飯またつまみ程度で良いの?それともちゃんと米炊く?」
「炊いてくれ。今日は酒は良いや。一応お前も勉強しないとまずいしな」
「それは本当に大丈夫だって。明日やるから」
冷蔵庫の中身を確認しながらメニューを考えているらしい設楽に、「お前は良い嫁さんになるよ」と大竹が苦笑した。
「前それ先生に言ったら、こんなごつい嫁はいらねーだろって言われたよ?」
「大丈夫。設楽は俺と違って可愛いから、いつもで嫁に行ける」
「うわ~、感情こもってねー」
こんな言葉に、心を動かされたりしない。先生に気がないことは分かってる。……人の気も知らないで。ただのセクハラのオヤジギャクだよちくしょう。
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