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どうしようもない想い
あの後暫く、寝返りを打った大竹の姿が頭から離れなかった。長い手足をだるそうに投げ出して、無防備な姿をさらしていた大竹に、自分は確実に欲情していた。だから皿洗いにかこつけて、あの場を後にしたのだ。大竹は分かっているのだろうか。
大体、大竹は酒を飲むとガードが甘くなるのだ。大人なんだから酒を飲む機会は多いだろう。あんなんで大丈夫なのか。ちくしょう、無防備すぎるよ!
大竹が清香の話をするときの、悔しそうな、辛そうな、それでいて慈しむような顔も頭をチラチラした。
何であんな事を聞いてしまったのか。大竹がどれだけ清香を好きかを見せつけられるだけだって事は、分かっていた筈なのに。
月曜日の放課後にはもう窓辺に増えていた結晶に、ぎくりとした。清香が優唯を預けに来て、そして連れ帰るために大竹の家に上がる時間は、併せて30分も無かったはずだ。たったそれだけの時間で、大竹の気持ちは溢れ出すのか。
……どうして……。
どうして俺の好きな人は俺を好きにならないんだろう。
やったらやっただけ成果の現れる勉強のように、好きなら好きな分だけ相手が恋してくれるなら、俺はきっと先生を手に入れられるに違いない。
俺なら、先生をずっと好きでいるのに。
清香さんよりずっと、先生を好きでいるのに。
でも、どれだけ俺が先生を好きでも、先生は俺のことを見てはくれなくて。
好きな人が好きになってくれる。口に出せばたったそれだけのことだ。
どうしてたったそれだけのことが、こんなに難しいんだろう……。
◇◇◇ ◇◇◇
大竹とは、外で会うことの方が多かったが、大竹の部屋で過ごすことも少なくはなかった。優唯を預かるときもあれば、資料整理を手伝うために、2人で部屋に籠もることもあった。
大竹との距離が縮まるごとに、設楽の心は悲鳴を上げ始めた。
だって、結晶が増えている。
優唯がいなくても結晶が増える日は、自分の知らない所で大竹が清香と会っていたのだと知らされているようで、泣きたくなった。姉弟 だ。実家に寄ればそこには清香がいるのだから、設楽の知らないうちに会っていることもあるだろう。それでも、それは設楽を思った以上に打ちのめした。大竹の前ではいつも通り笑顔で過ごしていたけれど、それがこんなに辛いとは思わなかった。
「どうした、設楽。何かあったか?」
大竹が心配そうに自分を見つめるのも辛かった。あんたのせいだよと怒鳴ってやりたい衝動に駆られることもあったが、もちろんそんなことが出来るわけもなく、設楽はぐっとその台詞を飲み込んだ。
でも、土曜日に大竹と会うことはやめられない。
例え大竹が清香を好きでも、大竹に会いたいのだ。
大竹の目は心配そうに設楽を見ていた。多分「終わった」と言ったのに、また山中のことで設楽が悶々としているとでも思っているのだろう。出来るだけ外に連れ出し、設楽の我が儘を聞き、設楽の気持ちを山中から逸らそうとしてくれる。
でも、結晶が増えていく。
ブルーやグリーンの爽やかで美しい結晶が、それでも増えていくのだ。
設楽は結晶から目を逸らした。あれほど好きだった結晶を、憎んでしまいたくなった。
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