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美術準備室
「設楽、後でちょっと良い?」
美術の授業が終わる直前、スケッチブックを提出しに行くと、山中が小さく呟いた。
「え?」
「後で準備室に来てくれ」
山中が設楽の顔を覗き込んだ。後ろには他の生徒も並んでいる。慌てて設楽は「分かりました」と頷いた。
1度教室に戻って弁当を取ってくると、設楽は美術準備室に向かった。設楽が山中と距離を置いてから、また高柳は昼休みに美術準備室に居つくようになったのに、今日は高柳の姿がない。山中に釘を刺されて、追い出されたのだろうか。
「座んなよ。お茶で良い?」
「うん、ありがとう」
2人で並んで座り、黙々と昼飯をやっつける。山中は相変わらずすごい速度でコンビニの弁当を2つ、口に突っ込んでいた。あれでは体に悪いだろうに……。少し心配になって山中の様子を見ていたら目が合った。ぎくりとして、箸が止まる。
「……設楽、大丈夫か?」
「え?何が?」
食事を終えて弁当のからをコンビニの袋に入れると、山中が設楽に向かい合うように座り直した。
「最近のお前、端で見てても分かるくらいにやばいぞ。辛いんじゃないのか?」
「……辛くなんか……」
山中に、大竹を好きなのだろうと指摘され、その時はそんな筈ないと言い切った。その後、山中とこうして向かい合うのは初めてだった。
あれから3ヶ月。人の心が変わるには、充分な時間だ。その間も、山中は設楽の様子をずっと見守ってくれていたのだろう。設楽が気持ちの変化を告げなくても、山中には初めからお見通しだった。
「……大竹先生は優しいよ」
だから苦しいのだ、とは言えなかった。下を向いて何かを堪えるように唇をかみしめる設楽の頭を、山中はぽんと叩いた。
「今度の土曜はさ、大竹先生じゃなくて、久しぶりに俺に付き合えよ」
「え?」
そんなこと、高柳が許す筈がないと言おうとする設楽に、山中は「大丈夫」と笑った。
「たまには違う空気を吸った方が良い。俺達のときには大竹さんが設楽を連れ出してたんだから、今度はそれを俺がする番」
俺に惚れ直しても良いんだよーと笑う山中に、涙が出た。
「やめろよ。俺、元々先生のこと好きだったんだから、簡単によろめいちゃうだろ」
「よろめけよろめけ。途中で設楽に心変わりされて、俺すっげー寂しかったんだぜ?大竹先生も少しは焼き餅焼けば良いんだよ」
そんなんじゃないよと言いながら、設楽は山中の気持ちが嬉しくて、ぽろぽろと涙を流した。自分のために山中がこんなことを言ってくれるなんて。山中先生を好きになった自分を褒めてやりたい。俺の初めての男が、山中先生で良かった。
「もー、設楽は相変わらず可愛いなぁ!」
山中の手が設楽の頬を撫でる。「ちゅーは土曜日にね」と笑う山中に、設楽は「そんな尻軽じゃねーよ」と、泣き笑いで返した。
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