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フレームのカエルー1
アトリエ代わりの部屋の中には、フレームが仮組みしてあった。カエルだろうか。前ほど大きな物ではなく、その分繊細なデザインだ。
フレームを見つめている設楽に、山中が「そのカエルは注文品なんだよ」と説明した。
「へぇ…、作ってるとこ、見たいな……」
「良いよ。今度手伝ってよ」
まだガラスの嵌っていないカエルは、当たり前だが隙間だらけで、繊細な造りであるだけに、随分寂しそうに見えた。
山中は、そのカエルが避暑地の個人美術館に飾られること、その美術館にはガラスの作品が集められていてとても美しいことなどを話し、納品するときには一緒においでよと誘ってくれた。
大竹の話をされるのかと思っていた。だが、夕方になっても山中の口から大竹の名前が出てくることはなかった。
買ってきた昼食を食べ、ビデオを見て、高柳の悪口を言い、作品展の反省会の時のバカ話を披露して、ただ2人で足を投げ出してダラダラしているだけ。
6時を過ぎて2人で夕飯を作り────今日のメニューは五目旨煮丼だ。山中は結局丼を2杯たいらげた────、それから、それからいきなり山中は「キスしようか」と言った。
「え?」
「キス。久しぶりに、しない?キスだけだから、それ以上の悪さはしないからさ」
「悪さって…」
設楽は思わず笑ってしまた。そんなセクハラをするおっさんみたいな事を山中が言うなんて。
ぷぷっと笑っていると、山中の腕が設楽の肩に回って、そのまま抱き寄せられた。
あ、と思うまもなく、山中の唇が設楽の唇に重なる。
山中の唇。
何だが甘酸っぱくて、懐かしくて、設楽は思わず目を閉じた。
だが、山中の舌が唇をとんとんと叩くと、思わず設楽は顔を逸らした。山中は設楽の頬に手を沿わせ、顔を自分の方に向けると、更に唇を求めてくる。
もし山中がタチをやりたくなったら自分を呼べと、設楽は山中に言ったのだ。
でも。
「せんせ…先生、ごめん、やめて」
「どうして?大竹さんは君にこんな事をしてくれないだろう?」
その言葉に、頭を殴られたような気がした。
大竹が山中のように、自分を求めてくることはない。そんなことは分かってる。分かっていて、大竹の傍にいるのだ。
「俺なら設楽にキスをしてあげる。俺なら設楽を抱いてあげる。大竹さんの隣で、あんな苦しそうな顔をしている設楽を、俺は見たくないよ」
「やめろよ……」
声が、震えていた。
「そんな顔をさせるために、設楽の背中を押した訳じゃない」
「やめろよ…!!」
設楽は山中の肩を押しのけた。弾みでガツっと山中の背中がテーブルにぶつかったが、それを気遣う余裕もなかった。
「俺は大竹先生が好きなんだ!たとえ今まで先生とセックスしてたとしても、今は大竹先生が好きなんだ!先生とまたそんな仲になって、当たり前の顔で大竹先生の隣にいられるほど、俺は大人じゃないよ!」
「だったらそんな顔をするな!」
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