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結晶ー2

 最初は気にせず問題集を開いていたが、大竹の視線が自分に注がれているのを感じて、設楽はそっと顔を上げた。 「先生?」  視線の先で、大竹が自分を見下ろしていた。その顔からは、表情を読み取るのが難しい。  大竹はただ設楽を見つめていた。どれだけそうしていたのか。大竹は不意に口を開くと低く掠れるような声で切り出した。 「……お前、俺に言いたいことがあるだろう……」  疑問系ではなく断定系の口調に、ぎくりと設楽の顔が強張った。 「別に……言いたい事なんて無いよ……」  心臓がバクバクして、口から出そうだった。 「設楽」  しかし、怒るでも非難するでもなく、逆に少し躊躇うような顔で大竹が口にした台詞は、設楽の思いもよらないものだった。 「設楽、言ってくれないと分かんねぇよ。何怒ってるんだ?勉強があるのに子守のバイトさせてるからか?」 「え?」  大竹が何でそんなことを言うのか、設楽の方こそ分からなかった。何で俺が先生に怒ったりするんだ?先生はこんなに俺のことを考えてくれてるのに……それなのに、勝手に先生を好きになって、気まずくて避けてるのは俺の方なのに……。先生が俺に対して腹を立ててるならともかく、俺が先生を……? 「何?なんでそうなるの?」 「だってお前、俺のこと避けてるじゃねぇか」 「だってそれは……!」  反論しようとして、口ごもった。誤解は解いておきたい。でも何で先生を避けてしまうのか、それは口が裂けても言うことは出来ない。 「それは……?」  先を促す大竹の言葉には応えず、設楽は小さく「先生に怒るなんてあり得ないだろ」と呟いた。 「先生は俺のこと心配してこんなに良くしてくれてるのに……」 「俺が勝手にやってることだ。……お前、俺のことウザイんじゃないのか?」 「え?」  何を言ってるのだ、この男は。  思ってもみなかった言葉に、設楽の眉間に皺が寄る。 「いや……そうだよな。同い年の友達だってこんな毎週面付き合わせてりゃうるせぇだろうに、俺みたいな『クソジジィ』に毎週付き合わされてりゃ、お前だってうるせぇと思うよな……」  大竹は1人で納得して、少し寂しそうに頷いている。  何を言っているのだ。この人は、何を勝手に納得しているのだ。 「何でそうなるんだよ!先生が俺に付き合ってくれてんじゃねぇか!俺が土曜に1人でいたくないの知ってて、先生が俺に無理して付き合ってくれてんだろ!?なのに何でそんなこと言うんだよ!」  だが、大竹は寂しそうな顔を改めようとはしなかった。  それどころか。 「……あのさ、お前がもう1人で大丈夫なら、義理を感じて俺に付き合う必要はないんだぞ。悪かったな、今まで付き合わせて」 「だからどうしてそうなるんだよ!あんた頭悪いんじゃねぇの!?付き合ってもらってんの、俺じゃん!!」  自分を見ていたはずの大竹の目が、すっと逸らされた。  どうしてそんな顔をするんだろう。気まずそうな、辛そうな、申し訳なさそうな……。やめろよ……そんな顔しないでよ……。 「……先生……」  ふと浮かんだ思いに、背中をぞっと寒気が襲った。  先生は、俺を切ろうとしてるんだ……。  もうこうして、先生に会うことが出来なくなるんだ……。  いやだ!  先生に好かれてなくても良い。  奪らないで……!俺から先生と2人で過ごす大切な時間を奪らないでよ……!! 「先生……!」  その時。  ────ピンポーン────  玄関のチャイムがいきなり鳴って、2人の体は縫いつけられたように動けなくなった。  重たい沈黙が落ちる。  互いの心を推し量るように、2人は絡ませた強い視線を解くことが出来なかった。  だが。  ────ピンポーン────  もう一度、急かすようにチャイムが鳴る。  大竹は忌々しそうに舌を鳴らすと、玄関のドアを開けた。 「ごめんね、遅くなって」  清香が申し訳なさそうに謝ると、大竹は不機嫌さを隠そうともせず、「遅ぇよ」と吐き捨てた。 「だから謝ってるじゃない。……あら?慎ちゃん、暫く見ない間に痩せたみたいだけど……ちゃんと食べてるの?」 「知らねぇよ。優唯奥で寝てるから、ちょっと待っててくれ」  荒い足取りで大竹が寝室に消えていくと、清香は「智くんも久しぶり。ごめんなさいね」とすまなさそうな笑顔で挨拶をした。  だが、設楽の耳にはその挨拶の声は入ってこなかった。  清香の言葉に違和感を感じて、その言葉を頭の中で何度も繰り返す。

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