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結晶ー3
……暫く見ない間……?
確かに、設楽と清香は「久しぶり」だ。中間試験があったために、設楽は大竹の部屋に行かれず、優唯を預かったのは1ヶ月半も前なのだから。
でも、大竹と清香はもっとマメに会っていた筈だ。先々週なんて2回も会っているのに、暫く会ってないなんて……。たった2週間会ってなかっただけでそんな風に言うなんて、清香さんも大竹に、そんなに会いたかったということか……?
「智くん?どうしたの?」
「……いや、暫くって……そんなに会ってなくないでしょ……?」
ぎこちなく言った設楽に、清香は恥ずかしそうにはにかんだ。
「そっか、1ヶ月ちょっと会ってないだけで暫く会ってないなんて、私慎ちゃんと智くんに甘えすぎてるかな」
「え?何言って……」
1ヶ月ちょっと会ってない?
嘘だ。
何でそんな嘘……。
「どうした?」
大竹が寝室から優唯を抱えて連れてくると、固まっている設楽に声を掛け、「姉貴、設楽に何か言ったのか?」と清香を睨みつけた。
「やだ、何でそんな怖い顔するの?違うの、今智くんに呆れられちゃったの」
「ち、違うよ!そうじゃなくて……だって清香さん、2週間前も先生と会ってたんじゃないの……?」
これには大竹と清香は「何を言ってるんだ?」という顔で、不思議そうに顔を見合わせた。
「……何で2週間前……?」
「だって……結晶が……」
「結晶?」
清香が不思議そうに繰り返すと、大竹はハッと思い当たったように、顔色を変えた。
大竹の焦った顔を見れば、あの結晶がやはり清香のために作られた物だと分かる。そしてそれは、清香には知られてはならないことだ。
「よく分からないけど、慎ちゃんに最後に会ったのは、こないだ優唯を預かってもらった時よ?っていうか、お正月以外で慎ちゃんに会うのって、優唯を預かってもらう時位よねぇ?」
「いや……姉貴、悪い。ちょ……もう帰ってくれ」
ほら、と大竹は抱き上げていた優唯を清香に押しつけると、「ちょっと、何よ慎ちゃん!」と抗議の声を上げている清香を強引に外に押し出した。
玄関のドアを閉めると、ガチャリと鍵の音が重たく部屋の中に響く。外に出された清香はそれでも「もう!とにかく今日はありがとうね。お休みなさい」と外から声を掛けてきたが、返事を返さずにいると、諦めたように靴音と共に気配が去っていた。
後に残った部屋の中には、奇妙な沈黙が落ちた。
「……設楽……お前……」
「先生……?どういうこと……?」
2人とも何からどう切り出せばいいのか分からず、互いの出方を窺っている。だがいつまでも黙っていては仕方がない。設楽がそっと「あの結晶は……そうなんでしょ……?」と探るように口にすると、大竹は脱力したように太く長い溜息をついてしゃがみ込んだ。
「先生?」
「……お前がそんなこと考えてるとは思わなかった……」
「え?どういうこと?だって、清香さんに会った後にはいつも結晶作ってるじゃん。……先生の……気持ちなんでしょう……?」
「何でそうなるのか全く分かんねぇよ……。何で姉貴なんだよ、姉弟 だぞ……?」
「だって…!!」
清香に会うたびに増えていく結晶に、込められた想い……。
先生の絶対に触れてはならない想いは……。
溢れ出すほどの感情は……。
「清香さんじゃないの……?」
「……それだけは絶対無いわ……。お前は知らねぇだろうけど、あいつはガキの頃、ちんちん欲しいから寄こせっつって、俺のをハサミでちょん切ろうとした女だぞ……」
「ちょん切……」
思わず想像して内股になってしまったが、そんなトラウマがあるなら本当に清香ではないのか?そう納得すると、じゃああの結晶は?と最初の疑問にぶち当たる。
「じゃあ、誰……?」
「……」
「先生?」
しゃがみ込んだ大竹が膝の間に頭を埋めて、後頭部をガリガリと掻きむしる。暫くそうして蹲って固まっていたが、そのうち諦めたように、声を絞り出した。
「……だから、いるだろう……?優唯を預かる日には、もう1人この部屋に」
「もう1人……?」
だって、この部屋には先生と優唯ちゃんと……もう1人……?
……え……
「いるだろうが。俺に……結晶みたいに触れられない恋でもしてるのかって言った奴が……」
「……えっ、待って……」
設楽は大竹が言っている意味が分からなくて、軽くパニックになった。
そうしてパニックのあまり口にしたのが。
「え!?触れられない恋を結晶に閉じこめんのは先生が始めたことでしょ!?何で俺が言い出したことになってんの!?」
「そっちか!そっち突っ込むのか!!」
ぎっと睨み上げてきた大竹の顔は真っ赤だった。しかも、うっすら涙目になっている。
え?うそ……何で先生そんな……
「何で先生、そんな可愛い顔すんの!?」
「だから!なんだその可愛いって……はぐらかす気か!!くそっ!知ってたんじゃねぇのかよ!知ってたから、気味悪くなって俺を避けてたんじゃねぇのかよ!!」
しゃがみ込んだまま頭を抱えてしまった大竹の前に、思わず設楽も膝をついた。
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