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結晶ー4
どうしよう……
どうしよう、それって……
それって……
「それって……、俺……って、こと……?」
「……」
怒ってしまったのか、膝の間に嵌め込んだ頭をがっちりと腕で抱え込んでいる大竹は、ぴくりとも動かず返事も寄こしてくれない。
ちょ……待ってよ、ここでまさかの放置!?俺頭が沸騰して、死にそうなんですけど……!!
「先生!ねぇ、それって、あの結晶は俺ってこと!?」
慌てて大竹の肩に手を置いて揺さぶると、大竹は頭を抱えたまま「そうだよ!ちくしょう!」と叫んだ。うなじまで真っ赤になっている。
うわ……どうしよう……どうしよう先生可愛すぎる……!!やべぇ、マジか!!!
「それって、先生俺のこと好きってこと!?」
「好きでもない奴とこの俺が毎週毎週一緒にいるわけないだろう!?俺がそんなお人好しに見えるか!?」
「だって……だって先生、清香さんを蔑ろにした元旦那に似てるからって、高柳のことまで嫌いになんだろ?それだけ清香さんが好きなんじゃないの……?」
「テメェの姉貴を玩んで捨てられりゃ、怒って当たり前だろうが!姉弟 だぞ!?」
しゃがみこんだまま顔を上げて怒鳴ってくる大竹が堪らなく愛おしくて、嬉しすぎて、抱きしめたくなる。あぁ、どうしよう。マジで泣きそうだ。
「ごめ、俺兄弟いないからよく分からなくて……。だってマンガとかだと自分の妹にドキドキしたりするじゃん」
「どんなエロマンガ見てんだよ!ねぇよ、普通姉弟とか!どんだけあいつに泣かされたと思ってんだ!末っ子舐めんな!!」
設楽が大竹の顔を見つめると、大竹はまた膝の間に顔をしまい込んでしまった。何とか大竹と目を合わせたい設楽は、頭を床に近づけて大竹の膝の下から覗き込むが、大竹は赤い顔を逸らしてしまった。
「……せんせ、いつから……?」
「知らねぇよ。も…良いだろ。これで分かったろ?さっさと帰れよ」
「何で帰らないといけないの?」
「気色悪いからだろ!」
大竹はいきなり立ち上がると、設楽の腕を掴んで立ち上がらせ、玄関に押しやろうとする。その顔は真っ赤だが……怒ってるように歪んでいた。
「ちょ…何で!?何で気色悪いの!?やだよ!俺帰らないよ!」
大竹が自分のことを好きだと言ってくれたのに、何でこんなケンカみたいな状況で帰らなければならないのか。
設楽は混乱して大竹の腕に縋り、足を踏ん張って部屋に残ろうとした。
「気色悪いだろ!一回りも年上の男が男子高校生思って結晶作るとか、どんだけ変態だよ!!もう分かったろ!?俺はお前が思ってるような優しい先生なんかじゃなくて、ただの変態なんだよ!」
「ちょっと待ってよ!だったら俺も変態だろ!!俺だって先生のことが……!!」
「分かってるよ!お前が山中のことが好きだってことくらい!!」
「……はぁっ!?」
設楽はまじまじと大竹の顔を見つめた。そうしてぎゅっと苦しそうに眉根を寄せている大竹の顔を見て、やっと今の状況を理解した。
「……あの、俺が好きなのは、大竹先生なんだけど……」
恐る恐る告白した設楽に、案の定大竹は狐に抓まれたような顔をした。それから暫く何度も瞬きしながら設楽の顔を見つめて、ようやく反論しようとしたらしい。
「あ?何馬鹿なこと言ってんだ!?だってお前……っ」
全く自分の言うことを信じていないらしい大竹の肩を抱き寄せると、設楽はこの石頭に状況を把握させるために、実力行使に出ることにした。
「!」
初めてのキスは、体ごとぶつかる、とてもキスとは呼べないような代物だった。歯が当たって大竹の唇に傷がついたが、その痛みに大竹の体がびくりと震え、顔を離すと目を見開いて、呆然と設楽を見つめていた。
「……しだら……?」
やっと大人しくなった大竹の頬に右手を当て、うなじに左手を沿わせて抱き寄せると、そのままもう1度唇を重ねる。驚愕に薄く開いた唇に、自分の舌を差し入れて大竹の舌を捉えると、やっと正気に戻った大竹が設楽の肩を突き放した。
「おま…っ!」
「これで信じてくれた……?」
2人とも肩で息をして、キスの後などではなく、殴り合いのケンカでもしたかのようだ。
ごくりと唾を飲み込むと、大竹は腰でも抜けたのか、またその場にしゃがみ込んだ。
「……嘘だろ……。いつからだ……?」
さっき設楽がしたのと同じ問いを、今度は大竹が呆然と繰り返す。
「俺は、自覚したのは学年末の辺りだよ」
「だってお前は山中と……」
「それはちょっと情報が古いよ。山中先生とは去年のうちに終わってたんだ。塩山で結晶採って、山中先生に持っていって、そこでもう会わないって話しをしてさ。もうその頃には、俺も山中先生もお互いに終わりだなってことは分かってたし、多分最初から俺の気持ちはちょっとした憧れ位で、本当に好きだった訳じゃなかったんだと思う。高柳があんなこと持ちかけなければ、あんな大事 になるような話じゃなかったんだよ」
ちょっと言い訳っぽいかな、と、設楽は少し自嘲気味に笑った。
「それでも俺はまだその頃は山中先生を好きだと思ってたし、だから1人でいると色々グチャグチャ考えちゃって。先生が俺のこと連れ出してくれるようになって、先生と2人で一緒にいるのが当たり前になって。でもその頃から俺は先生が清香さんを好きだって思ってたから……段々辛くなってきて……。最初は、何でこんなに辛いのか分からなかったんだ。先生の傍にいたいのに、先生が好きなのは俺じゃないって思ったら、俺は先生を好きになっちゃいけないって……」
そこで大竹は信じられない、とばかりに弱々しく頭を振った。
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