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結晶ー5
「だから、何で姉貴なんだ……」
「だって、先生が結晶……」
設楽の困ったような口調に、大竹は大きく溜息をついた。
「何でこんなめんどくせーことに……」
零した台詞に、設楽も思わず「ほんとだよね」と苦笑した。
「結晶は……本当にただ趣味で作ってたんだよ……。でも塩山でお前が酔ってあんなこと言ってきたから……」
────先生の中にはさ、そんな風にきっかけさえあれば結晶になるような、そのくせ手で触れられないような気持ちがあるの?なんか、恋?そういう恋とかしてるの?────
設楽にそう言われて、自分の設楽への気持ちが結晶になるとしたらどんな結晶だろうかと思った。設楽ならどんな色だろうかと、面白半分に作り始めただけだったのに。
アクアマリン、パライバ、ペリドット……。
爽やかで瑞々しい色の結晶は、全て大竹の目に映る、設楽の色だった。
「だけどお前が山中とのことでどんどん辛そうな顔して……恋やつれって言うのか?そんなお前見てたら……俺がお前のこと好きな気持ちはあり得ねぇ位膨らんでくるし、でも山中のことで傷ついて苦しんでるお前にそんな気持ちを持ってるってことは知られちゃなんねぇと思ったし……そしたら段々気持ちを結晶に吐き出してるような気になって……作るのをやめられなくなったんだ」
設楽と2人きりで部屋の中で過ごした日。
設楽と言い争いをした日。
……設楽が、山中の元へ行くと言った日。
大竹の中の気持ちはどれだけ押さえ込もうとしても、溢れ出しそうになった。だが、設楽は山中との複雑で残酷な恋に苦しんでいる。少なくとも大竹は、そう信じて疑っていなかった。
だから、大竹はただ設楽への気持ちを吐き出すために、結晶を作った。それをまさか、設楽がそんな風に勘違いしているとは思わなかったのだ。
「大体……お前あの時大分酔ってたから、そんな話なんて忘れてると思ってたのに……。お前にばれてて、お前の前で結晶作り続けてたとか……俺どんだけ恥ずかしいんだよ……。……バカか俺は……」
赤くなった顔を手の甲で隠している大竹を見て、設楽は嬉しくて恥ずかしくて、胸の中がモゾモゾするような、足下がフワフワするような、不思議な気持ちになった。
本当なんだ。
先生が俺を好きって、本当なんだ……。
「ねぇ…先生、俺のこと、好きなんだよね……?」
「……あぁ」
目を合わせてはくれないけれど、躊躇いがちではあるけれど、それでも大竹が答えてくれたのが嬉しい。
「俺も、先生が好きだ」
手を伸ばして、大竹の肩に触れる。びくっと反応した大竹が、どこもかしこも真っ赤に染めて、ぶっきらぼうに頷いた。
「……キスしても良いかな」
返事は聞かなかった。
大竹を膝の間に囲うようにして、無理矢理顔を上げさせ、そのまま唇を合わせる。
大竹のキスは辿々しかった。経験が浅くて……という感じではない。何かに躊躇っているような、怯えているような……。
……まさか。
「先生、ひょっとして、男とこういう事するの、初めて?」
耳朶をしゃぶるようにして訪ねると、大竹は身を捩るようにして、設楽の腕から逃げようとする。
「先生?」
「……そ、そうだよ。悪いか……?」
気まずそうに落とされた目。それは自分の生徒とキスをしている背徳感からだけの物ではなさそうで……。
「先生、男好きになったのは……?」
「……あるわけ無いだろ……」
まさか。
「先生、ひょっとして、ノンケ?」
「ノンケって何だ?」
時々聞くけど、と目を眇める顔が、本当にまっさらで……。
うわっ
うわっ、キタコレマジか!
これでノンケとか!男未経験とか!そんな人が俺のこと好きとか!
これって宝くじの一等当たるより確率低いんじゃねーの!?
いや、宝くじに当たるよりも嬉しいんだけど!!!
「ノンケってのは普通に男なら女が好きで、女なら男が好きな人のことだよ。先生はノンケなんでしょ?それじゃなんで俺を好きになってくれたの?女は?」
「……女は……まぁ、大学の時は……って、良いだろ。そんな話は別に」
言いかけて大竹は急に話を逸らしてしまった。だがここははっきりさせておきたい……!!
「いや、大事!やっぱ女の方が良いとか言われたらやだもん!」
必死すぎて声がでかくなる設楽の顔を見て、大竹は何でそんな……と口元を歪めた。それから暫く困った顔をしていたが、自分が話さずにいることを設楽が許すつもりが無いのが分かったのか、しょうがなく大竹は口を開いた。
「……学生の時は、そりゃ彼女位はいたよ。まぁ、俺がこんなだから長続きはしなかったけど……。4年の間で3人か?誰とも一年続かなかったな……」
淡泊なわけではないと思う。この1年近くの間に、大竹が自分にしてくれた事を思えば、大竹が自分の彼女をぞんざいに扱うとは思えなかった。
多分それは、女が先生の良さを分かっていなかったのだろう。そう思うと悔しい気がしたが、そのために大竹が特定の女性などを作らずにいてくれたのだと思えば、複雑な気分だった。
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