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結晶ー6

「で、教師になったら、俺、女子には嫌われてるだろ?」 「うんまぁ、控えめに表現しても、嫌われてるね」 「……控えめでそれか。……まぁ、知ってるから良いけどさ」  わざと混ぜ返すと、大竹も苦笑した。  「あのさ……お前ら生徒が思ってるより、教師ってのは生徒のことがよく見えるモンなんだよ。嫌われてる俺と、まぁ、例えばお前みたいなイケメン男子に見せる女子の顔が180度違うとか、そういうことだけじゃなくて……。女子って、多分無意識なんだろうけど、男子をすげー細かくランク分けっつうかジャンル分けしてて、そのジャンルに応じて対応を使い分けてたりするの見ちゃうとな……。それに、こないだまであいつと付き合ってたのにもうこいつと付き合ってるとか、どうやら学外の彼氏はオヤジらしいとか、そういうの意外と筒抜けで……」 「え!?どんな情報網!?」  俺ちっとも分かんないんだけどと意外そうな顔をしている設楽に、「まぁ男子は迂闊なほど女子の態度に気づかないもんだよな……」と、少し憐れむような顔をする。教壇の上から見ると、何故お前らそれに気づかない!?と歯痒いこともあるのだが、もちろんそんなことはおくびにも出せない。 「まぁ、情報網もあるけど、何となく分かるもんだよ。男子は隠す気ないだろってくらい見え見えだし、女子は女子で趣味から何から全部変わるからさ。態度も露骨だしな。だから女子は可愛いって先生もいるけど、俺は教師になってそういう女子の生態がダメになったクチでさ……」 「あー、じゃあゲイじゃないけど女は苦手だったんだ……?」 「その線引きが良く分かんねぇんだけど……。まぁ……そうなのか?あぁ、べつに男子可愛いとかも思わないからゲイ?じゃない?んだと思うけど……」 「じゃあどうして俺は?」 「いや……それが、自分でもよく分からなくて……」  話が設楽のことに及ぶと、大竹の顔はまた少し赤くなった。  いや先生……。初心過ぎんでしょ、それ……。よくそんなんで今まで男に喰われなかったな。多分、先生みたいなタイプは二丁目行ったら結構もてると思うよ、俺も行ったことはないけどさ。  そんなとんでもないことを目の前で設楽が考えているとは思ってもいない大竹は、静かに自分の気持ちを告白する。 「お前は屈託も裏表もなくて、珍しいタイプだなと思ってたんだよ。化学部に入った動機が山中のストーカーだなんて、分かりやすくて面白れぇとか思ってたし」 「は!?今なんつった!?ば、ばれてたの……!?」  焦る設楽に、大竹はしれっと言い放つ。今更なんだという顔だ。 「いや、すぐ分かるだろ。化学部入ってんのに部室いるより美術室の前ウロウロしてるし。あ、そうだ。化学室の合い鍵も返せ。上にばれたら反省文じゃ済まないぞ」 「え!?」  今度こそ二の句が継げなくなる。まさかそんなことまで知られていたなんて!! 「どどどうして……」 「あ?俺隣りにいるんだぞ?人の動いてる気配に気づかないわけないだろ」  確かに、時々大竹がまだ化学準備室で残業している間に、化学室に入ったことはある。あるけど……。 「じゃあ何でその時すぐ言わなかったのさ!」  設楽の泣きそうな声に、大竹は困ったように肩を竦めた。 「だって……お前そこまでやるからにはよっぽど思い詰めてんだなって思うだろ?なんか……好きにやらせてやった方が良いのかなって……。いや、後から考えたらあの時俺が止めてやった方があんな大変なことにならずに済んだんだろうから、逆に責任感じてさ……途中から言うに言えなくなったんだよ。まぁ、どっかで鍵だけは返してもらわないととは思ってたから、今日言う機会があって助かった。つうわけで、鍵は返してくれ」  ……やっぱ先生って、何か全てに於いて俺の考えの斜め上を行ってるような……。  つうか……つうか本当にさ…… 「つうか本当にさー!先生何でそこまで分かってて、俺のこと好きになってくれたの!?普通引くよね!?」  色々と穴があったら入りたい設楽がやけくそのように叫ぶと、大竹はなるほど、と、まじめな顔をした。 「……あれ?本当だな……何で俺お前のこと好きになったんだろう……」  真剣に悩み始めたらしい大竹に抱きついてストップを掛ける。こんなところで「アレは間違いでした」とか言われたら最悪だ。 「ちょっ!それ以上考えないで!弾みだろうと間違いだろうと関係ねぇよ!もう今更アレはやっぱりなしにして下さいって言われたって、もう取り消してなんかさせないし、先生はもう俺のモンだよ!俺、絶対先生のこと放してなんかやる気ないよ!?」  だって、自分が好きになった人が自分を好きになってくれた。  たったそれだけの、でもこのものすごい奇跡の瞬間を、誰が手放したりなんかするものか!  その必死な設楽の様子に、大竹はふっと笑った。 「お前、何でそんな必死なんだ」 「だって!」  設楽は、大竹に縋るように抱きついた。  だって、好きだから。  誰よりも、好きだから。  多分大竹を失ったら、自分はおかしくなってしまう。  もう2度と、誰かを好きになるなんて、出来なくなると思う。  今以上に必死にならないといけない時なんて、きっと俺の人生の中にはない。  もしも50年後に思い返しても、今この時に必死にならないと、何故あの時もっと必死にならなかったと必ず後悔するだろう。  この人より大事な物なんて、要らないのだから。

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