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結晶ー8

「設楽。正直に言うから、誤解がないように聞いてくれ」  大竹は設楽の瞳を覗き込むと、そこで1度大きく息を吐いて、言葉を選ぶように唇を舐めた。 「……俺は、高柳達みたいに、無責任なことをしたくないんだ」  告げられた言葉は、あまりにも設楽には酷だった。  高柳や山中としていたことが、どれだけ異常なことか自分でも分かっているだけに、大竹の口からそれを告げられることは、死刑の宣告を受けるのと同じくらいの衝撃だった。  最初に高柳達とのことがあったからこそ、大竹と自分はこういう関係になった。  それは分かっている。  だが逆を言えば、大竹もそれを全て分かっていて、自分を好きだと言ってくれたのではないか。 「……高柳達と無責任なことをしてきた俺と……セックスなんてできないってこと……?」 「そうじゃねぇよ。だから、誤解するなって最初に言っただろ。そうじゃなくて……」  大竹はなんと言ったらちゃんと伝わるのかと、苛ついたように前髪をガリガリと掻きむしった。 「高柳達がした無責任な事って言うのは……お前の気持ちを(もてあそ)んで訳も分からないうちにひどいことをしたって事ももちろんあるけど……」 「それは俺が望んだことだよ!?それにそれと先生とのことは全く違う!」 「だから、そうだろうけど、無理矢理そういうことに引きずり込んだわけだし、教師としてそういうことはするべきでは……いや、そうじゃなくて、もちろんそれも俺の中ではでかいけど、でもそれはこっちに置いといて」  大竹はつい余計なことを言ってしまう自分を落ち着かせるためか、1度目を(つむ)って深呼吸すると、ゆっくりと目を開けた。 「そうじゃなくて、あいつらがお前としたってことよりも、何も考えずにしたって事だよ」 「は?どういうこと?」  大竹の言っている意味が分からない。何だか屁理屈をこねて、誤魔化されている気がする。  それでも、ここできちんと話しておかなければ。きっと大竹はこの先本当に卒業するまで自分と関係を持つ気はないのだ。それまでの間にこんな生殺しの状態で、大竹の気持ちを疑いながら過ごすのだけは勘弁してもらいたい。  仕方がないから、設楽は半ばふて腐れた気持ちで先を促した。 「お前、条例で18歳未満との淫行が禁じられてんのは知ってるよな?」  ……今更何を言い出すのか。そんなとってつけたような理由で……。  今時18歳未満だからといって、処女や童貞大事に取ってる奴がどれだけいるんだよ。 「知ってる。大人にだけ罰則がつくなんてずいぶん片手落ちな条例だよね。でもさ、それ言うなら18歳未満に酒を飲ませることも禁止されてんじゃないの?」  ぞんざいに言ってのけた設楽を、大竹はぴしゃりと黙らせる。 「今議論すべきはそこじゃない」 「じゃあ、もし俺達の関係がばれたら、先生も俺も学校をくクビになるって事?」  確かに、大竹にとっては死活問題だし、自分にとっても履歴書に傷がつく。だが、たった1年半だ。たった1年半隠し通せるか通せないかの問題じゃないのか?もし隠し通せなかったら……自分は大竹と別れろと言われても別れるつもりはない。学校なんか辞めたって構わない。学校だけが人生ではないのだ。  半ば自棄になって、設楽は大竹を睨んだ。  だが。 「……だから、クビになるくらいは良いんだよ。別に再就職の当てがないわけでもねぇし」  まぁ、俺は教職好きだから、本当にクビになったら困るけど、と苦笑する大竹に、自分は何を言わせたのかとハッとする。  自分の将来と今の2人の関係を天秤に掛けて、安定した将来を選ぼうとしているのかと、一瞬罵りかけた自分は、何て考えなしの子供なんだろうか。  クビになるくらいは?  設楽は、大竹が教職を愛していることを知っている。  なんだかんだと生徒に嫌われながら、生徒の為に教室からは見えないところでどれだけ尽力しているかを、他の誰よりも見てきた筈だったのに。  俺は今、先生に何を言わせてしまったのだ。ガキが理想ばかり振りかざして、2人で破滅すれば良いとでも思っているのか。現実はマンガやドラマじゃないのに。  青い顔で押し黙った設楽の背中を、大竹がぽんぽんと叩く。設楽の心の中などお見通しなのだろう。その手の暖かさが「気にしなくて良い」と言っていて、余計に自分の不甲斐なさを見せつけられた気がする。 「あのな、もし俺とお前の関係が誰か1人にでもばれて、話がでかくなったとしたら、最悪俺はお前との接近を禁じられるんだよ」 「……接近を、禁じられる……?」  大竹が何を言っているのか分からなかった。言葉の意味は分かっても、それが何を意味しているのか分からない。  接近を?近づくなって事?どうして? 「迷惑防止条例でストーカーが被害者への接近を禁じられるのは知ってるか?それと同じ事で、例えばお前の両親が警察に2度と俺をお前に近づけないようにしてくれと言えば、俺はお前に近づくことも、電話もメールも禁止される」 「……そうなの?恋人でも……?」 「お互いの恋愛感情は関係ない。問題は純粋に年齢だ。例外は結婚を前提にした関係である場合……婚約者とか許嫁って奴だろうな。それとまぁ、女子は16歳で法律上結婚できるわけだから、その場合だけは例外だ。でも、俺とお前の場合はどう頑張ってもそれは認められないだろう?」  お前への気持ちに気づいた時に、もう1度条例を調べ直したんだよと、大竹らしい台詞に泣きたくなる。生徒を好きになっただけで、そんなことまで調べるのか。大竹が「無責任」と言うときは、そこまで考えての「無責任」なのかと、そのらしさに涙が出そうだ。 「俺の親はそんなことでいちいち警察に言うような親じゃないよ」 「だとしてもだ。まぁ、1番可能性があるのは学園だろうな。こんなことが外に出たら一大事だ。刑事告発はしないだろうが、俺をクビにして、接近が認められたら告発するぞと脅されるだろうよ」  そんなことは、考えてなかった。  確かに評判を大事にする学校が、男性教師と男子生徒の関係を、手をこまねいて見ているわけがない。  先生と、会えなくなる……。  そんなことは、耐えられない。

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