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第4話

 村長が、血がしたたる心臓を捧げ持った。 「この地に降りかかる災いの種は(にえ)の魂が持ち去った。羊はつぎつぎと子を産み、あまねく草原を満たすであろう」    祝砲をあげるようにシータの()が高まり、歓声がこだました。ラウルの息づかいは荒く、だが村長からねぎらいの言葉をかけられると、お安い御用というふうに肩をすくめてみせた。  汗がきらめく額が眩しい。カイルは、ラウルに尊敬の眼差しを向けるとともに見蕩れた。我に返って水を汲みに走る。  ラウルは腕から血を流している。傷口を洗ってあげなくちゃ。  と、モニが人垣から押し出されてきた。その背後で娘たちが、行け行け、とモニを急き立てるように手をひらひらと振る。 「よお、俺はかっこよかったか」  ラウル鼻の下をこすると、 「もちろんよ。だけどハラハラしちゃった」  モニは惜しげもなく袖を引きちぎり、傷口を縛った。ご両人、と冷やかしてくる男たちにラウルはアッカンベとやり返す。  ふたりが寄り添うさまに、カイルは水の桶を力なく下ろした。自分に手当てをしてもらうより、モニにいたわってもらったほうがラウルはうれしいに決まっている。だしぬかれたように感じることじたい馬鹿げている。  そこでラウルが振り返り、片目をつぶった。 「カイル、おまえはかぶりつきで観るのは初めてだったな。迫力があっただろ、ションベンちびらなかったか」 「おととしと去年は簡単にやっつけていた。腕がにぶったんじゃないの」  うっかり憎まれ口をたたいてしまい、唇を嚙みしめた。  夜のとばりが下りると篝火(かがりび)が焚かれた。羊乳酒がふるまわれ、羊の丸焼きが切り分けられる。  ラウルには功績をたたえて最も美味な部位が供され、そのかたわらにはモニの姿が常にあった。  カイルは広場の隅につくねんと座り、羊乳酒をすすった。三百人あまりの村人は皆、薄ぼんやりと影絵めく。なのに電信柱の根元だけが、煌々と輝いているように浮かびあがって見える。  ラウルが何か冗談を言ったらしく、モニが白い歯をこぼすと、胸の奥が軋む。ふたりの元に行って酌み交わせばいいのに、それができない。なぜなら、最近は疎外感を味わうことが多い。ラウルが自分とモニに話しかける割合は、三対七だ。  甘酸っぱい羊乳酒が、今夜はやけに苦い。幼なじみと姉がじゃれ合うさまは結婚式の予行演習みたいだ。ふと、そう思ったとたん、(さかずき)を地面に叩きつけていた。    あくる日、祭りに合わせて帰省していた者たちは遠い街に戻っていった。狼の(しかばね)は慣習に従って、草原と、その周囲に広がる砂漠の境目で鳥葬に付された。  その弔い方は、他の狼への見せしめという意味合いがあった。さっそく鷹が舞い降りてきて、腹を満たす。空の王者が飛び去るのを待ちかねて、雑食性の鳥が肉をついばみにやってくる。やがて狼は土に還り、植物を養う。  それが自然の営みだ。

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