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第6話

 カイルは蜂蜜色の髪をかきあげた。対するラウルの髪は(あらす)の濡れ羽色、と夏と冬ほどにも違う。  それは東と西の民族の血をそれぞれ受け継いでいる証しだ、と歴史の授業で習った。子どもたちは村内にある分校に十五歳まで通う。それ以上勉強がしたければ、大きな街にある学校に入って寮生活を送る。  カイルもラウルも分校を卒業すると羊飼いの見習いになった。  進学する気はさらさらなかったが、今になってカイルは思う。いちど村の外で暮らして見聞を広めておけば、胸の小鳥が不可解な反応を示す理由はこれこれこういうことだ、と合理的な説明がついたのかもしれない。  ハモニカに唇を当てた。村に伝わる子守唄を吹いてみると、ラウルが赤子を抱く仕種を交えて歌う。  素朴な音色と伸びやかな歌声が寄り添って夜空に溶け入り、しっとりとした余韻が残った。 「眠気覚ましにもう一曲いくか。こいつの伴奏はできるか」  おいらの羊はむくむく、もじゃもじゃ……調子っぱずれな声に笑みを誘われた。  カイルはドレミと旋律をなぞり、ハモニカを持ちなおした。内心、大いに張り切って最初の一音を吹いたとたん、対抗意識を燃やしたふうに羊がひと声鳴いた。  顔を見合わせて噴き出し、ラウルときたら笑いころげたにとどまらず、カイルの膝を枕に寝そべった。  カイルは固まった。頭の載せぐあいを調節するように、重みが太腿の上を移動すると、胸の小鳥がバサバサと飛び回る。 「お、おれ。毛布を取ってくる!」  やや乱暴に頭を下ろすなり、駆けだした。顔が火照って仕方がない。焚き火にあたっていたせいだ、と理屈をこねればこねるほど耳たぶまで熱を持つ。  指が小刻みに震えて、鞍に結わえつけてあった毛布を外す程度のことにもたつく。  と、星が流れた。咄嗟に願い事を唱えた。  あしたも、あさっても、来る日も来る日もラウルと一緒に夜回りをしたい……。  肩越しに振り向いたせつな、手招きされた。なんとなく後ろめたいようで、毛布を羽織り、かき合わせた中に顔を埋めながら戻る。  すると待ちかねていたような性急さで右手を摑み取られた。引っ込めそこね、そこに狼の牙が出現した。  カイルは目を(みは)り、掌に落とされた牙と、屈託のない笑顔と牙を見較べた。 「昨日のやつだ。魔除けになる、持ってろ」 「命がけで勝ち取ったものなんて、恐れ多くてもらえない。それに……」  この世にふたつとないものは、モニに贈るのが筋じゃないだろうか?  やんわりと指が折り曲げられていき、ひと回り大きな手にくるまれた。  背丈はほとんど同じだが、がっしりとした体格のラウルに比して、カイルはひょろりとしている。腕ずもうに関しては、大きく負け越している。 「俺の後継者はおまえだ。来年はおまえが狼と闘う。この牙が力を授けてくれる」 「……ありがとう。大切にする」  押しいただくように牙を受け取ると、ひとまず銃弾を入れてある皮袋にしまった。ゆるみがちな唇を真一文字に結ぶ。肌身離さず持ち歩くことができるように加工しよう、と思う。  ただし、こっそり作業しないとモニに見つかりしだい、牙は姉のものだ。半分こにできない品物は、たいがいそうなる宿命(さだめ)だ。    可憐な花がそこここで咲きこぼれ、夜気はかぐわしい。雲がかかり、月影がにじんだ。波がちゃぷちゃぷと岸辺を洗い、眠気をもよおした。  カイルは膝を抱えてうつむくと、頭から毛布をかぶった。その毛布にもぐり込む形に、ラウルが躰を寄せてきた。

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