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第7話

 あわてて横にずれても隙間が生じた分、いざり寄ってくる。かかとで地面を漕ぐようにしながら再び離れると、肩に腕が回された。  鬼ごっこよろしく、焚き火の周囲をぐるぐると逃げて追われているうちに尻が窪みにはまった。  ちょうど地下水がしみ出している箇所で、ズボンはおろか下着まで湿る。カイルは口をへの字に曲げ、ラウルに毛布を投げつけると、枯れ枝をひと束まとめて焚き火に()べた。 「ラウルは時々子どもっぽくて意地悪だ」 「拗ねるな、このとおりだ」  拝む真似をしたあとで、ブーツとひとまとめに靴下を脱ぎ捨てた。そしてラウルは爪先を揉んだり搔いたり、つねったりしはじめた。 「足が蒸れて痒いなら湖で洗ってくれば」 「痒いってのとは違う。どっちかっていうと最近、感覚がにぶくて、胼胝(たこ)ができかかっているのかもしれないな」    折しも炎があがった。爪先が照らし出され、目を凝らしてみると、親指の爪はなかば皮膚にめり込み、その皮膚じたいも腫れぼったくて、さかむけが目立つ。  カイルは記憶をたぐり、ラウルが裸足で馬にブラシをかける場面を思い起こした。  それは日常のありふれたひとコマで、躍動感にあふれたさまに視線が吸い寄せられても、とりたてて違和感を覚えたことはなかったように思う。  だが、今まで見落としていただけなのかもしれない。にわかに不安が膨らみ、這いつくばると、あらためて爪先に顔を近づけた。  じっくりと観察するにつれて、かえって表情が曇る。素人目にも只事ではない。鼻をひくつかせても別段、嫌な臭いはしないから傷口が化膿したわけではなさそうだが、爪は腐りかけの果物のように黒ずんでいる。  ラウルがくすぐったげに身をよじり、カイルは彼の右足を押さえつけた。  試しに親指を押してみると、ぶよぶよしている中に石ころがまぎれ込んでいるような感触が伝わってくる。しかも他の指の皮膚も変にデコボコして、親指と同様の異状をきたす兆候が現れはじめていた。  胼胝じゃなくて腫瘍かもしれない。その可能性に思い至ると、肋骨をへし折りかねないほど心臓が跳ねる。  カイルは居住まいを正すと、しかめっ面を見つめた。 「指がおかしくなったのは、いつ」 「先週あたりから、だんだんとな」 「ラウル、ばい菌が入ったんだ。巡回医療の日にお医者さんに診てもらわなきゃ駄目だ」  村に診療所はあるものの前任の医師が古巣の病院に戻って以来、引き継ぐ者がいない。 「大げさだなあ。ほっとけば治るさ」 「でも……! 父さんも母さんも、頭が痛むけどひと晩眠れば大丈夫って言った次の日には死んでしまった」  悪い、と呟くとラウルは草をちぎって鎖を編む。カイルは、やおら腰をあげた。 「村長は薬草に詳しい。ひとっ走り、傷薬を分けてもらってくる」 「あそこの息子はモニを狙ってる。借りを作るのは、真っ平だ」    くっきりした眉を寄せて、掌に拳を打ちつけた。  確かにモニは(ひな)には稀な美女で、恋敵がラウルでなければ、言い寄る男は後を絶たなかっただろう。中でも村長の息子は父親の威光を笠に着て、付きまとっていたに違いない。  ラウルの気持ちは理解できるが、それとこれとは別だ、とカイルは口をとがらせた。

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