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第13話

   肩を貸しに飛んでいきたい、地面を踏みしめて我慢する。  胸の小鳥が心配げに鳴きしきる。ラウルの足が深刻な状態に陥っていたら、どうしよう。きっと大したことはない、取り越し苦労に終わるに決まっている。  順番待ちの列は分校まで延びる。リュウマチや虫歯もつらいだろうが、ラウルに順番を譲ってほしい。ところが当のラウルときたら、気管支炎と称する老爺(ろうや)を自分の前に並ばせる。  狭い村だ。ラウルが医師を頼ってきたことは瞬く間に知れ渡り、鬼の霍乱か、と憶測が飛び交っているに決まっている。  夏に逆戻りしたような陽射しが、うなじを炙る。モニが噂を聞きつけてやってくる前に診断結果を知りたい一心で、喉が渇ききって唇がひりつくようでも、その場に留まりつづけた。  昼すぎに、やっとラウルの名前が呼ばれた。カイルはマイクロバスに駆け寄ると、車体に耳を押し当てた。 「麻酔をかけるなんて手間は省いて、悪いところをさっさと切ってくれ」  型通りの問診を語気荒く遮って、ラウルが靴下を脱いだとおぼしい間を挟み、若手の医師が息を呑む気配が伝わってきた。  症状が出はじめたのはいつから、毒草の群生地を裸足で歩いた、もしくは毒虫に刺された憶えは……等々。  医師は矢継ぎ早に質問を放ちながら、この症例とは異なる、この病症も当てはまらない、と頭の中で医学書と照らし合わせていったに違いない。思いつくかぎりの例を挙げ、ラウルが片っ端から否定するにつれて、焦りの色を濃くしていくようだった。  立ち聞きではまだるっこしい、診察に立ち会いたい。カイルは爪先立ちになって、窓の隙間から中を覗き込もうとした。医師と言えば知識が豊富なはず。だからラウルが足を見せたとたん、    ──ああ、これは〇〇という植物にかぶれたときに特有の症状で、薬はこれです、お大事に……。    こういう展開になる、なってほしい、と祈っていたのだが雲行きが怪しい。現に医師は(こう)じ果てたように唸り、独りごつ。 「これはバンクロフト糸状虫を病原体とし蚊が媒介する象皮病の変種、それとも風土病の一種なのか……?」  もったいぶらずに治療してくれ。そう急かすような舌打ちが轟いたのにつづいて、医師が看護師に指示を与えた様子だ。 「レントゲンを撮ります、あちらへ」  マイクロバスの前部に移動する人影が、車窓に吊るされたカーテンにぼんやりと映る。カイルもすぐさま後を追い、 「ちょこまかちょこまか目ざわりだ、小僧」   杖で尻をつつかれて、太り(じし)の男を睨み返した。  診察が長引く。洩れ聞こえる会話の断片をつなぎ合わせると、この場で可能な限りの検査を行われたようだ。その結果は、はかばかしくない。ついに医師は、くやしさがにじむ口ぶりでこう言った。 「ラウルさん、早急に精密検査を受けてもらう必要があります。はっきり申しあげて単純な皮膚病ではありえない。我々と一緒に大学病院に行って、専門医の診断を仰ぎましょう。何日か入院してもらうことになるので、付き添いの方も同乗して」 「羊の世話がある。断る」 「馬鹿な。瘭疽(ひょうそ)……足の指先から急激に化膿していく炎症の一種かもしれないんですよ」 「俺は長男で、遠くの街に働きに行ってるおやじの分も家族の面倒を見なきゃならない。病院なんかに行ってる暇はないんだ」 「おれがラウルの分も働く!」  カイルはたまりかねてドアを引き開けた。男性看護師が素早く立ちはだかり、つまみ出されそうになったが、今しもこんな光景が視界の隅をよぎった。  モニが診療所に駆け寄ってくる。  抜け駆けは許さない。カイルは看護師に体当たりをかますと、診察台にまっしぐらに突進して、胸を叩いてみせた。 「おれに任せてくれれば羊はでっぷり太って、畑は豊作だ」 「羊を南の放牧地につれていく当番だろうが。仕事そっちのけで大口をたたくな」  と、一喝されたところにモニが駆け込んできた。カイルはとっさに腕を広げて行く手を阻み、ラウルはその隙に靴下を履いた。

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