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第17話

 と、扉が開いて「よう」とラウルが白い歯をこぼした。松葉杖を使いはじめたのはここ最近とあって危なげな面があるが、凛と背筋を伸ばして歩く。  誇り高いラウルのことだ。当惑顔の看護師が車いすを押して後につづくところを見ると、それに乗るのを頑として拒んだのだろう。  モニがさっとラウルに駆け寄り、ソファへといざなった。  出遅れた、とカイルは思わず舌打ちをした。 「くたびれた顔をしてる。痛いことをされたりしたの?」 「大丈夫だ。カプセルっていうか、でっかい筒みたいな機械に放り込まれて昼寝をしている間に終わった」    そう事もなげに言ってのけて大きな欠伸をしてみせるわりには、顔色が悪い。  部屋の隅にポットとカップが用意されている。カイルは不慣れな手つきでティーバッグの封を切り、湯をそそいだ。ラウルの好みは砂糖抜きでミルクを少々。スプーンを添えてテーブルに運ぶと、 「喉が渇いたでしょ、どうぞ」  モニはあたかも自分が淹れてきたように、カップをさらいとった。  小一時間ほど経って、白衣姿の五人の男女が相次いで現れた。金髪碧眼の男性とココア色の肌をした女性が混じっている、というふうに人種はばらばらだが、彼らはえり抜きの医師たちだ。  眼鏡をかけた三十代後半の男が半歩、前に出て名乗った。 「ラウルくん、きみのために特別に編成されたチームのリーダーを務める市村浩平(いちむらこうへい)、出身は日本。脳外科医だ」  第一印象は皮肉屋。カイルは、市村が微笑みらしきものを浮かべたさいの口角のゆがみぐあいから、彼に苦手意識を持った。  ただし理知的な面立ちが物語るとおり切れ者なのだろう。現に草原の民に特有のなまりがあるカイルたちより、よっぽど流暢にこの国の公用語を話す。  他の四人も自己紹介をした。アイリーン・リー、崔浩然(ツイハオラン)、サミュエル・モロー、楊博文(ヤンボウエン)。  それぞれ麻酔科、循環器内科、心臓血管外科、放射線外科の第一人者だ。  市村が咳払いをしたのを合図に、医師たちは横一列に並べた丸椅子に腰かけた。 「結論から先に言おう。ラウルくん、きみの病名は樹皮症だ。端的に言えば人体が徐々に樹木のごとき特徴を(そな)えていくのがこの病気の特性で、世界中でこれまでに十七例が報告されている」    樹皮症、とカイルは鸚鵡返しに繰り返して、目をぱちくりさせた。  モニは小首をかしげてブラウスの貝ボタンをいじる。  ラウルはちょうどカップを口に運んだところで、紅茶にむせて咳き込む合間にげらげらと笑った。 「人間が木になっちまう? 冗談がきついぜ、勘弁してくれよ。田舎者だと馬鹿にしてデタラメを抜かしやがって、承知しねぇぞ」    と、底光りがする目で睨まれても、市村は動じるどころかアイリーン・リーに鷹揚にうなずきかける。 ややあって立体画像が、面談室前方に設置された大型のモニターに映し出された。説明書きによると、それはラウルの右足をさまざまな角度から捉えたものだ。  市村がモニターを指し示す。 「まずラウルくんの下腿──膝から足首までの様子について説明しよう。前脛骨動脈に添う形で白い筋が上下に伸びているのがわかるだろうか」    カイルたちは困惑顔を見合わせた。 「これは維管束。つまり種子植物の根や茎、葉などを貫く組織にあたるものが、きみの体内で形成されつつある。細長い細胞が束状に集まっていて養分や水分の通り道になる」  つまり、と市村は右手の指を三本立てた。 「人間の三大栄養素はタンパク質と糖質と脂質だが、樹皮化の進行ぐあい如何(いかん)によって、きみの肉体はいずれ光合成を行う段階に至る恐れがある。残念ながら踵骨(しょうこつ)や足骨に関しては、すでにいわゆる根っこが入り混じった状態にある」    足首から下の断面図──それを一センチ単位で撮影した画像が拡大された。  これは合成写真というやつだろうか。カイルはやや身を乗り出して、モニターに目を凝らした。  ヒゲ根を思わせるものがうねうねと骨に絡みつき、その一部は主根に育つ気配を見せて太い。

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