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第32話

 湯気が天井で露を結び、浴槽にしたたり落ちてぽちゃんと跳ねた。それで金縛りが解けたように、ラウルが股間にタオルをかぶせた。 「じろじろ見て、スケベ。見物料を取るぞ」  妙な(しな)を作ってみせるあたり、笑い話にすり替えたがっているようだ。ひと呼吸おいて、引き戸に顎をしゃくった。 「おまえも男だ、察しがつくな」  勃ったついでに自慰に耽るから邪魔するな、と暗に匂わす。  カイルはぎくしゃくと腰をあげ、引き戸を細目に開けたところで躊躇した。  ラウルの意思を尊重したのが裏目に出て、また転ぶかもしれない。打ち所が悪くて手術室に運び込まれる羽目になるかもしれない。  洗い場に背を向けた格好で突っ立ったままでいると、尻たぶに軽石が命中した。 「出ていかないと次は湯を浴びせるぞ」 「ごめん、でも質問。ラウルは……女と経験が……」 「まあ、年相応にな。モニとじゃないが」  ほぉら、藪蛇になった。せせら笑いがどこからか聞こえてくるようで、カイルはうつむいた。考えたくもないのに考えてしまう。  いわゆる筆下ろしの相手は誰だろう。あの女性(ひと)のお世話になった、と別の幼なじみがこっそり教えてくれた未亡人──と関係を持てば狭い社会だ。必ず村人の口の()にのぼっていたはず。  それとも冬場に出稼ぎに行った先の街で、艶っぽい話があったのか。  では相手がモニ以外の女性なら、ラウルが誰を抱いても平気なのか? いやだ、と喉の奥で唸り、血がにじむほどきつく唇を嚙みしめた。  心の中に油をしみ込ませた薪の山があって、それに火を放ったように、めらめらと燃えあがるものがある。 「ぼさっとするな、向こうに行ってろ」  シャワーヘッドを構えて蛇口をひねる気配があった。カイルは反転するなり、しゃがんだ。八の字に投げ出された足の間に膝をこじ入れて早々にペニスに手を伸ばす。 「おい、なんの真似だ」 「目をつぶって。おれの手はモニの手だと想像してくれていいから」 「戯言(たわごと)をぬかすな、本気で怒るぞ!」    と、声を荒らげざま、力いっぱい肩を突いてきた。たまらず上体が泳ぎ、その隙に手を引きはがされそうになったが、からくも根元を握りなおした。  生まれたての仔羊を抱くときより優しく、あらためて萌しを両手でくるむ。  カイルは、ふと思った。この場に市村が居合わせていれば、男同士のやり方も知らないくせにできるのか、と冷笑を浮かべるのだろうか。  違う、男同士がどうのこうのという御大層なものじゃない。ラウルが床に落としたものを拾いにくそうにしていたら代わりに拾ってあげる、それの延長だ。  もっとも、ぶっつけ本番で事に臨むという展開だ。適切な力加減も、いじり方もさっぱりわからない。  ともあれペニスの構造は、おれもラウルも同じだ。さしあたって自分でそうするときのように、裏の筋を撫であげてみた。  ぴくり、と反応した箇所に狙いを定めて指を這わせると、ひと回り膨張する。それで弾みがついたようにそそり立っていくにつれて、ほのかに自信が湧き、付け根から先端までの輪郭をなぞった。 「おまえ、気が()れたのか。悪ふざけもたいがいにしろ」    ぽかりと拳骨を頭に一発食らい、逆に本格的にしごきはじめる。すると怒りと嫌悪感をない交ぜに朱をそそいだ顔に、別の種類の赤みが差す。  ペニスのほうはいちだんとエラが張り、雄々しく屹立する。  カイルは目を丸くした。円柱の体積を測るように、輪にした指を上下にすべらせながら、自分の股間を見下ろした。 「太くて大きい……おれのの倍はある」 「そうかよ、ありがとうと言っておく」    怒気を含んだ声が微妙にうわずる。ラウルはにわかに捨て鉢な気分になったように、浴槽にもたれて仰のいた。  お許しが出た形に俄然、奮い立つ。居住まいを正し、今度は先端のくびれに指を這わせてみる。  棒状のものを軽く引っぱるかたわら指を蠢かすのは、羊の乳しぼりで慣れている。もっちりした手ざわりの乳首に対して、ペニスは硬さと弾力性を併せ持つが、応用が利く。

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