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第37話

 閃いた。行商のトラックが来る日に母親が買ってくれるアイスキャンディーが、子どものころの一番のご馳走だった。  キャンディーをねぶるときの舌の使い方を口淫に応用してみてはどうだろう。 「……ん」  うっかりかじってしまい、肉汁の味が口の中に広がった。これが本物のペニスなら流血の惨事で、あわてて歯列をゆるめた。  優しく丁寧にメリハリをつけて、と自分に言い聞かせる。あらためて頬張り、舌を丸めかげんにしながら先端のくびれになぞらえた箇所を慈しむ。  あるいは唇をすぼめたうえで吸いしだく。はたまた口腔の粘膜全体でソーセージを包み込むように、頬をへこませた。 「……ん、ん」  口の中で茹でているようにソーセージが温まっていくにつれて、躰の芯も熱を帯びはじめる。そのくせ名状しがたい寒気がして皮膚が粟立つ。  それに知らず知らずのうちに腰がもぞつくことがあって、恥ずかしい。舌を休めると、叱責が飛んだ。 「何をなまけている。やり直しだ」  手拍子に合わせて頭を上げ下げする一方で、ふと疑問に思う。こうやって手ほどきをしてくれて、市村にどんな益があるというのだろう。  駄目だ、集中、と舌で螺旋を描く。ラウルの長さを思い起こし、喉に刺さるほどに迎え入れた瞬間、えずいた。 「本番でそのザマでは興醒めだ」  うなずき返して居住まいを正すと、ソーセージを捧げ持った。口の周りをべたべたにして舌を使ううちに顎がだるくなってきたが、 「上顎のデコボコしているところで尿道口をこすられると、効く」 「ふぁい……」  素直に、そうする。ところが弊害があった。今しもラウルのそれをぱくついている、という錯覚に陥りはじめたのだ。  わざと唇をこするようにしつつ抜き差しを刻むと、瞳が潤む。くだんの夜に舐めてみた残滓の苦みが味蕾に甦り、それにソーセージの塩辛さが加わると、さもしげに喉が鳴る。  ラウルのあれは、きっと……ソーセージを強めに吸って物足りなさを覚えた。  次第にやわらかみを増していくこれとは反対に、弓なりに反って舌を押し返してくるに違いない。 いけない、勃ってしまいそうだ。甘い紅茶とまちがえて煎じ薬を服んでしまった、というようにソーセージを吐き出すと、返す手で皿ごと遠ざけた。  やましさゆえにかえって市村に視線が吸い寄せられ、すると彼は切除した腫瘍が良性か悪性かを調べる医師の冷徹さでもってソーセージを裏に表にひっくり返す。  唾液にまみれててらてらと光り、ふやけたようになっていて、(みだ)りがわしいのひと言に尽きる。  カイルは真っ赤になって横を向き、対する市村はゆったりと足を組む。 「きみは勉強熱心で教えがいがある。あとは、がんばり次第だ」  首肯すると、眼鏡のレンズが妖しく光った。 「第二段階だ。下を脱いでソファに腹這いになって腰をあげる」  腰を、と聞いたとたんジーンズの前を手で覆っていた。脱ぐということは、とりもなおさず股間をさらけ出すということで、ペニスが丸見えだ。 「そんな恥知らずな恰好はできない!」 「では個人教授はここまでだ。わたしは六時間におよぶ手術を終えてくたびれている。これ以上の時間外労働は御免こうむりたい」    鼻で嗤われて、おめおめと引き下がるなんて冗談じゃない。カイルはジーンズと下着を一緒くたに蹴り脱いで、ソファの横にまっすぐ立った。  屈辱だ、と呟きつつも腕組みをして、テーブルを回り込んできた市村を挑みかかるように()めあげると、ソファに指が振られた。  弱みを見せたくない一心で、努めてきびきびと座面にうつ伏せになり、万歳するふうに肘かけを摑んだ。  深呼吸ひとつ、腰をこころもち浮かせると、それを待ちかねて尻たぶが割り広げられた。すくみあがった直後、冷たくてぬらつくものが狭間に垂らされた。 「な、何……?」 「潤滑剤だ。無害だから安心しなさい。男同士で番うにはそれ相応の準備がいる」  語尾にかぶさって、潤いをまとった指が尻の割れ目をなぞり下ろしていく。  カイルは凍りついた。指が蕾に達すると一転して(あた)うかぎり反り身になり、ニットを引っぱられて崩れ落ちた。  番う? カイルの性交に関する知識は人間の子作りと羊の交尾どまりだ。その前提となる生殖器が(そな)わっていない躰では、番えっこないじゃないか。

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