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第38話

 襞がひとひら、めくられたところに潤滑剤が塗り込められる。それを皮切りに順次解き伸ばされていくと、頭のヒューズが焼け切れるようだ。  抗う余裕さすら失っているうちに指が窄まりに沈んだ。ぎょっとして振り返った拍子に指をしたたかに食いしめてしまい、関節が襞とこすれ合う感覚に総毛だつ。 「そっ、そんなとこにさわるな、変態!」 「ここは非常に傷つきやすい。ペニスを挿入するにあたっては、事前に念入りにほぐしておくこと。鉄則と心得たまえ」  挿入と、おうむ返しに繰り返すと頭がくらくらした。指があらためて分け入り、内壁が押し広げられると吐き気までもよおす。  蜂蜜色の髪がいやいやと宙を()ぎ、その間も浅い位置をくじられる。  狼の牙が襟ぐりからはみ出して、鼻先で揺れる。カイルはそれに嚙みついて、市村を殴り飛ばして逃げたいという衝動と闘った。  付け焼刃とはいえ原理は一応わかったから、口淫に関してはやりこなせると思う。むしろ今夜にでもラウルのそれにむしゃぶりつく展開になれば、おさらいをすると同時に練習の成果を披露することができて一石二鳥だ。  だが、それとこれとは話が別だ。で番うだなんて、カイルの常識からはかけ離れている。  襞が本格的にかき混ぜられはじめると異物感が強まり、全身が脂汗にまみれる。それでも四つん這いになって腰を掲げる、という生き恥をさらすに等しい姿勢を保ちつづけた。 「力むとなおさら痛み、苦しむことになる。ラウルくん……失礼、仮称Xと情を交わす場面を思い浮かべて愉しむといい」    脳という複雑なものにメスを入れるのを専門にしているだけあって、市村の指は繊細に動く。適宜、潤滑剤が塗り足されることも相まって、痛みはさほど。  とはいうものの躰の内側をじかにまさぐられるのは、これまでの人生で最大の試練だ。やめろ、と叫びたくなるたびに狼の牙にかじりついてこらえた。 「ぅ、う……」  指が増やされて、ひしめく。ねっちりと行きつ戻りつしだすと、粘膜が攣れて筒が裏返しになるようだ。  無意識のうちにずり上がると、そのつど引き戻されて、あやすふうに指が半回転する。  カイルは肘かけにしがみつくと、浅く短く息を吸って、吐いた。イロハに喩えるなら口淫がイで、これが即ちロにあたるのか。 〝事前にほぐす〟というのは通常、どの程度のほぐれぐあいを目安にするのだろう。  おずおずと(こうべ)をめぐらせてみると、患者を力づける体で微笑みかけてくる。つられて口許をほころばせると異物感がいくぶん薄れ、代わりにぬるま湯をそそぎ込まれたように腹の奥がじんじんして、むずむずして、腰が勝手に揺らめく。  と、指が鉤状に曲がって内奥のある一点を捉えた。 「う、わ……ぁ、あっ!」  しなやかな肢体が、鞭で打たれたように反り返る。座面が波打ち、そこですかさず穂先をつつかれた。 「感度がよくて何よりだ」  カイルは視界をよぎったものに呆気にとられた。しごくどころか指一本触れていないにもかかわらず、ペニスがしこっている。  あたかも透明な糸で吊りあげられているようで、こういう勃ち方をしたのは初めてだ。 「精子の運動を活発化するものを分泌する前立腺。わかりやすく言えば男性の性感帯のひとつに刺激を加えた」 「ん、ん……!」  基礎固め、と称してちっぽけな突起に的がしぼられる。そこを執拗に爪繰られると、内壁そのものが別個の生き物のようにうねりはじめて指にまといつく。  ぷくり、ぷくりと蜜が露を結びはじめたのを機に指が出ていった。カイルはほっとするとともに、とてつもない疲労感に襲われて座面に突っ伏した。 「以上で講義を終わる。参考になったか」 「……おかげさまで」 「どういたしまして」  市村は恭、うやうやしく応じて噴き出した。カイルが身支度を整えている間に手を洗いにいき、ついでに飲み物を持ってくると、彼自身は缶ビールのプルタブを引いた。  よく冷えた炭酸水をがぶ飲みしても火照りは冷めない。カイルは氷も全部嚙みくだいた。ジーンズの……中でも股ぐらの縫い目が狭間に食い込むと、前立腺とやらをすりたてられた感触が生々しく甦り、下腹部が甘ったるく疼く。

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