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第49話

「くっつきすぎだ、鬱陶しい」    辟易したふうに押しのけておきながら、愛おしげに髪に触れてくるさまに胸がきゅんとなる。 「ありがとう。毎晩、抱いて寝る」  カイルはパステル画を高々と掲げると、スキップで部屋を一蹴した。  ところが、あらためて絵に見入っているうちに違和感を覚えた。その違和感の正体が明らかになった瞬間、膨らみきった風船に針を突き立てられたように、しゅんとなった。  この絵を描くさいに意識下で作為が働いたのだとしたら、あまりにも残酷な仕打ちだ。  よくよく見ると、カイルのそれより唇の輪郭がふっくらしている。眉にしても、カイルのそれより優しい弧を描く。  カイルをモデルにしただなんて、嘘っぱちだ。ラウルは、モニの面影を画用紙に写した。  おれはおれだ、ごっちゃにするな。そう叫んで絵を引き裂きたい衝動に駆られたものの、テーブルの上に(がく)を伏せた。そして唇を舐めて湿らせてから切り出した。 「……どこにも売っていないもので欲しいものがある。祝いの品に足してほしい」  言下にベッドにあがった。力なく投げ出された両足を跨ぎ、ラウルにのしかかっていく形にのめっていきながら、こころもち顔を傾ける。  欲しいものとは、くちづけだ。  がふやけるほど貪婪に求め合ったにもかかわらず、いまだに接吻したことがない。不満の捌け口にすぎなくても報われる、とうそぶいたのは建前で、人間は欲張りな生き物だ。  本音を吐けば〝モニの代用品〟という立場を卒業して、ラウルとともにきらきらしいものを育んでいきたい。  吐息に産毛をくすぐられるくらい至近距離で見つめ合う。黒々とした双眸に映る顔は、切迫感にあふれていた。  不安と期待が交錯して、全身が小刻みに震えだす。カイルは祈りを込めて唇を寄せていき、ところが望みが叶うまぎわにラウルが顔を背けたために、空振りに終わった。 「なん……で……!」  途中まで満更でもなさげだったくせに、最後の最後になって拒絶するのは、あくどい。人を弄ぶような真似をするなら、(はな)から突き飛ばしてくれたほうがよっぽど親切だった。  胸の小鳥が、折れよとばかりに羽をばたつかせる。  カイルは裏返しにしたままの額を手に取り、留め金に爪を引っかけた。の絵なんか、やっぱり破り捨てるに限る。 「小腹がへった。何かつくってくれ」  しょんぼりと言いつけに従う、その背中に刺々しい声が斬りかかる。 「どうせキスのやり方も市村に習ったんだろ。さっき、あいつを追いかけていったときに」  さすがにカチンときて、肩越しにラウルを睨み返した。 〝とびきりの贈り物〟が糠喜びに終わったところに、あらぬ疑いをかけるなんて、あんまりだ。くやしい、にもまして切ない。ベッドに向き直って腕組みをした。 「答える、義務ない」  すかさず顔をめがけて枕が飛んできたが、あえてよけなかった。

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