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第53話

  「なぁんだ、こんなところにいたのね。退院できるわけないのに病室が空っぽなんだもん、捜しちゃった」    やれやれという体で、ハンカチで顔を扇ぐ。生来の美貌に商品価値のある美しさが加わり、モニは、羽化した蝶のような美女に生まれ変わっていた。  ラウルは一瞬、まばゆげにモニを見つめた。直後、巣穴にこもるように毛布を頭のてっぺんまで引っぱりあげた。  今でもモニが愛しい、と物語るものが瞳をよぎった気がしたのは光の悪戯にすぎないのだろうか。  胸の小鳥が、肋骨という籠文字(かご)を突き破りにかかっているように息苦しい。カイルは深呼吸をすると、車いすとモニの間に立ちはだかった。 「どのツラ下げてきたんだ。おまけに……」  ちょび髭に冷ややかな一瞥をくれた。 「胡散臭いのをつれて」 「時間をやりくりしてお見舞いにきてあげたのに、ひどいこと言うのね。あっ、この人は、あたしのマネージャーさん」  すかさず〝劉──RYU──〟と印刷された名刺が差し出されたが、カイルは黙殺した。だが、相手は鼻白むどころか口笛を吹く。 「お噂はかねがねってやつだけど、想像以上の美形じゃないの。モニちゃんとユニット組んでデビューしちゃお、はい、決まり」    粘っこい視線が全身を這い回り、虫唾が走る。カイルはペンダントの鎖をたぐり寄せて狼の牙を握った。  あらためて仁王立ちになり、モニと劉(なにがし)を交互に睨んだ。 「遊びにくる場所じゃない、帰れ」 「ツンケンして感じ悪いったら。それよりラウル、あたし映画に出るの、すごいでしょ。ねえ、顔を見せて。話したいことがたくさんあるの」    右手が毛布の間から突き出して、ハエを追い払うような仕種をみせた。 「ほら、ラウルも帰れってさ」    カイルが塀の向こうに顎をしゃくると、 「忙しくてなかなか会いにこられなくて、ごめんなさい。拗ねるのはやめて、お願いよ」  モニは猫なで声で話しかけながら半歩、前に出た。カイルは壁を築くように腕を広げ、断じて近寄らせなかった。 「モニちゃあん、話が違わなくない? 幼なじみも弟くんも、つれないじゃないの」    劉某がさりげなくショルダーバッグの向きを変えながら、車いすの対角線上に位置どった。 バッグの外側、且つ目の細かい網状の、何か直方体のものが入っているとおぼしいサイドポケットで赤い光が点滅した。  カイルは違和感を覚えて目をすがめ、だがポケットの中身ごときにこだわっている場合ではない。無礼者を追い返すのが先決だ。 「今さら見舞いなんて白々しい。だいたい香水の匂いをぷんぷんさせて非常識だ」  と、ものすごい剣幕でモニに詰め寄り、力ずくで向こう向きに押しやろうとした折も折、突風にあおられて毛布がめくれた。  つづいてガウンの裾がはためき、丸太を二本、くくって置いてあるかのような下肢がむき出しになった。  一刹那、そろって凍りついた。  気づかわしげなもの、忌々しげなもの、おぞましげなもの、面白がるもの、といったぐあいに種類の異なる視線が下肢に集中する。  カイルは我に返るが早いかラウルになかば覆いかぶさっていき、と同時に彼の躰と座面の間に毛布をたくし込んだ。しかし手遅れだ。劉某が素っ頓狂な声をあげた。 「うわっ、えぐい。人魚姫の魚の部分が木のバージョン? 男だから樹木王子かあ」  それを聞いてラウルは、腰の骨が砕け散る勢いで起き直った。黒々とした瞳が怒りに燃えていた。太腿に触れてくる手をなぎ払い、返す手で劉某を突き飛ばした。  ショルダーバッグが弾み、その拍子にサイドポケットからはみ出したものがあった。それはビデオカメラだ。  カイルはショルダーバッグをもぎ取るのももどかしく、ビデオカメラを引っぱり出した。実物を手にするのは初めてだが、RECと表示されているモニターと、やましげなモニの表情から、よからぬことを企んでいると察しがつく。 「これは……確か録画する器械だよな。何をこっそり録ってたんだ」  モニは可愛らしく小首をかしげた。助けを求めるようにラウルを見やり、しかし無視されると、開き直ったふうに腕組みをした。

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