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第54話
「あたしの役どころは病 に苦しむ幼なじみを慰めにきた新進女優。大衆は感動に飢えてるの、プロモーションの一環なの、映像があればインパクトが増すの。姉弟 なんだから話題づくりに協力してよ」
「プロモーションにインパクト? 訳の分からない言葉でごまかすな。汚い真似をして、許さない!」
と、声を荒らげざまビデオカメラを小道に叩きつけ、特にレンズを踏みにじった。
「あぁあ、壊したな。弁償だ、弁償しろ」
わめき散らす劉某にひきかえ、モニは庭園灯にゆったりと寄りかかった。
カイルはレンズの欠けらをなおも踏みくだいた。生まれる前から一緒にいたモニとは、普通の兄弟以上に固い絆で結ばれていると信じていた。それは幻想にすぎなかったのか。
両親亡きあとにしても、ラウルの一家が面倒を見てくれたおかげで、極貧にあえぐことなくやってこられた。そのラウルを足蹴にする。カイルは怒りと恥ずかしさない交ぜに頬を染めて、腕をしならせた。
「今日限り姉弟の縁を切る。二度と来るな」
「弟のくせに命令しないで」
モニはつんと顎を反らした。ラウルに向き直り、だが車いすとは一定の距離を保ったまま話しかける。
「隠し撮りなんかして、ごめんなさい。でもカメラを意識すると、どうしても動きが硬くなるでしょ。ありのままの映像がほしかったのよ、わかって」
「モニちゃんから話を聞いたときは眉唾くさくて笑い飛ばしたけど、その足、画 ヅラ的に最高じゃないの。モニちゃんのナレーションでドキュメンタリーを製作して、視聴者を泣かせちゃおうよ。顔にはモザイクかけるし、声も加工するんで、幼なじみさんは契約書にサインだけよろしく」
「ラウルをさらし者にする気なのか!? ふざけるな、絶対にそんなことはさせない!」
激憤に駆られて劉某に摑みかかり、逆に鳩尾に一発食らって躰をふたつに折った。再び組みついていき、揉み合っているうちに、小道を外れて芝生の上で取っ組み合いの喧嘩になった。 ふたりが通りすぎたあとは、ブルドーザが掘り返していったように芝生が禿げた。モニがその隙にビデオカメラを拾って、SDカードをバッグにすべり込ませた。
やかましい、と苦情を言うふうに一番近くの病室の窓が開いた。それを合図にラウルが肘かけにすがり、上体を左右にねじりながら、曲がりなりにも起きあがった。
一ミリ単位で腰を浮かせていくさまは、瀕死の兵士が塹壕 めざして這い進むさまを思わせた。
ぎくしゃくと、だが着実に、木の瘤と化した膝を伸ばしおおせると、フットレストの上に立ちあがった。ガウン姿とあって、病みほうけた印象を人に与える。それでも王者のような威厳にあふれて一喝した。
「どいつもこいつも、いいかげんにしろ!」
カイルは飛びあがり、残りのふたりもたじたじとなった。車いすを中心にかしこまって数十秒後、肺の底から搾りだしたような重いため息が空気を震わせた。
「勘弁してくれ。俺にかまうな、そっとしといてくれ」
ラウルは吐き捨てるようにそう言うと、倒れそうになりつつも背筋を伸ばした。そして苦々しさと哀れみを等分にはらんだ声で言葉を継ぐ。
「一度は本気で惚れた女に、幻滅したと言わせないでくれ。モニ、売名行為に俺を利用するな、あきらめろ」
媚笑 を浮かべた顔をひたと見据えて引導を渡す。今、この瞬間に消え残っていた恋心の最後の欠けらが粉微塵になった。醒めた目つきが雄弁に物語っていた。
言い訳を並べたげに朱唇が開いたものの、モニは結局、黙り込んだ。
と、つっかい棒が外れたようにラウルが前にのめった。
カイルは車いすに駆け寄り、すんでのところで抱きとめた。それから髪の毛が地面を掃くほどに頭を下げた。
「後生だ、ラウルには静かな環境が必要だ」
「えぇえ、こんなおいしいネタを見すごすのは業界の……いや、社会の損失でしょうが」
劉某が〝企画書草案・呪われた足〟と走り書きした手帳を振り回す。
再び険悪な空気が流れ、カイルが拳を固めたところに、サミュエル・モローと看護助手が押っ取り刀で駆けつけてきた。
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