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第60話

  「ガキのころはお互いすっぽんぽんになって湖で泳いだのに、おまえの裸を見るのは初めてみたいな気がする。ここは特に……」    指が和毛(にこげ)をかすめると逃げだしたくなり、足を踏んばってこらえた。 「こいつを可愛いと言うのは侮辱的か? だけど可愛い、愛したい」  羊の被毛を(くしけず)るような指づかいで、ペニスをやんわりと握られた。カイルは咄嗟に手をはたき落とし、さらに股間を両手で覆った。 「往生際が悪いぞ。ちゃんとさわらせろ」 「おればっかり丸出しで不公平だ」 「つべこべと。わかった、これでどうだ」  舌打ち交じりにそう言って、ガウンの腰紐をほどき、胸をはだける。  ケンタウロスという半人半獣の生き物がギリシア神話に登場する。そのケンタウロスの、馬そのものの下半身を幹にすげ替えた場合が、こうだろうか。  円筒形のものと、いびつなデコボコから成る下半身に対して、上体は完璧な逆三角形を描く。 〝働き者のラウル〟と評判だったころの名残を留めているのに。そう思うと、また睫毛が濡れた。カイルは狼の牙をひと撫ですると、気をつけをした。 「胸がベッドと平行になるように腰をかがめてくれ」  そのとおりにした瞬間、乳首をつままれた。ぎょっとして躰を起こすと、すかさず手首を摑まれ、元通りの姿勢をとらされた。  あらためて乳首を爪繰られる。乳首など、男の自分には無用のシロモノだ。なのに触れてくるのがラウルだと、未知の感覚が目を覚ます。  殊に粒を掘り起こすように指が蠢くと、こそばゆさと痛痒さがない交ぜに背筋を駆け抜ける。  小魚に足の裏をつつかれているような、アザミの上をうっかり裸足で歩いてしまったような、不思議な感覚だった。    独りでに腰がもぞつく。膝ががくがくしだして、上体を傾けておくのがつらくなってくる。 「市村の話じゃ『男でも乳首が感じる』。なるほどなあ、一気に勃った」  勃つとは何が? 答えはわかりきっていて、だが冗談であってほしい。カイルは恐るおそる視線を下げていき、眩暈に襲われた。  ペニスが萌していた。それどころか乳首を揉みつぶされるたびに、あたかも連鎖反応を起こすようだ。  見えない手で包皮をめくり下ろされたように、固く張りつめていく。  瞬く間に全身が桜色に染まる。カイルはべそをかくように顔をゆがめ、そのくせ無意識のうちに、しかもねだりがましげに胸を突き出していた。  二本の指で乳首を挟まれて、すり合わされると、いちだんと前にのめってしまう。下腹部が甘ったるく火照り、蜜をはらむ気配になおさらうろたえる。 「やめて、やめてほしい……」  黙殺されたにとどまらず、畑にすき込む肥料を配合するような熱心さでもって、刺激が加えられる。ひしがれ、弾かれてほんのりと色づき、こりこりに尖る。  指が、ようやく離れた。カイルはへたり込むなり寝間着をかき寄せた。ただし股間にかぶせたのが災いして、浅ましくペニスの形を描き出し、硬貨大に湿り気を帯びる。  背中を丸めて縮こまる。穂先が熱い。乳首をいじりまわされた程度のことで、ペニスがはしたないありさまになる。仮に好き者呼ばわりされても返す言葉がない。 「本番はこれからだ、肚をくくれ」  かぶりを振ると、枕が投げ落とされた。おずおずと上目をつかい、熱い眼差しを向けられて、胸の小鳥がはにかんで羽をたたんだところに、突拍子もない注文をつけてくる。 「おまえのを舐めやすいように顔に跨って口許にもってこい」 「そっ、そんなことできない!」    寝間着を蹴散らしながら一目散に逃げた。 「おまえは俺の寝込みを襲った前科があるな。借りを返してもらうぞ」  あの件を蒸し返されると弱い。うつむき、部屋の隅で小さくなっている間じゅう乳首が(そそのか)すように疼き、結局、ふらふらと引き返した。  もっともラウルを気持ちよくしてあげたい一心で、彼を〝襲った〟ときとは事情が異なる。自分がに回ると織り込みずみでベッドにあがるさいには、ありったけの勇気を奮い起こしても足がもつれる始末だった。

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