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第2話

「で、イーグルはガイルの言うことを聞いて、危ない実験しにいくっていうのですか」 言葉に険を含んで、あきらかに機嫌悪そうな表情を見せる長髪の男に、イーグルはどう言い訳をしようかと医務室のソファーの上で天を仰いだ。 艶のある綺麗な黒髪を紐で結わえ、海のような碧い目を向ける男の前に、いつも誤魔化しや言い訳は成立した試しがなかった。 「危ないって言っても、たかだか過去なわけだし。俺、元傭兵だし、バッチリ今でも鍛えてるからさ、危険とか問題ないっしょ」 白衣をパタパタさせて、イーグルは筋肉のついた部分をちらちらと相手に晒して見せる。 そう簡単にはそこらへんの人に負けない自信はあるし、自己防衛は完璧なはずである。 胡散臭そうな表情で、イーグルの従兄弟である男はじいっと顔を見返しため息をこれみよがしに吐いた。 彼らの家業は巨大な病院であり、この二人のどちらかが病院の院長になるといわれている。 現在は、イーグルの父親が院長でその双子の弟が副院長となっているので、どちらが家を継いでもおかしくはないのである。 しかし当の二人が仲が良いので派閥が生まれるわけでもなく、白い巨塔のような場面もない。 「体は鍛えてる…………かもしれないですが、貴方のように抜けた人を、たった一人で行かせるわけにはいきません」 「うおーい。グレン。抜けた人って、俺にスゲー失礼だな。つっても、一人乗り(?)だしな。つか乗り物っぽくもねえしな。転送装置なのかな」 渡されていた小型のスティック状の機械を手のひらに乗せて、しげしげと見つめる。 行く気満々の様子に呆れ返って、青年はどう諭そうかと顔を近づけて手のひらの中の機械を指差し、 「大体、ガイルの作ったものが正常に動くかすら怪しいものですよ。マッドサイエンティストとかカッコつけたようなこと言ってますけど」 マッドなサイエンスは関係ないしカッコつけてはいないと思う。 「お前の兄貴の恋人なんだから、兄貴に注意させろよ」 面倒そうな表情を浮かべると、グレンはひどく嫌そうな表情を返す。 「…………無理なことは言わないでください。あのエドリア兄さんが、私の言うことなど聞くわけないでしょう。それくらい馬鹿でもわかることです。イーグルはもう何でも屋じゃないと、ちゃんとはっきり言えばいいんです」 ぷんすかしながら、グレンはビシッとイーグルを指さす。 「俺は元傭兵、ウォーリアであって、何でも屋だった覚えはねえんだけど」 イーグルの小さなこだわりに彼は首を横に振って、イーグルの両肩に手を載せて顔をずいっと近づけた。 「どっちも変わりません。私は、貴方が心配なんです。この命よりも大切だと、何度言えば分かってくれるのですか」 一瞬、ぐっと息を呑みやや気圧された表情を浮かべるが、イーグルは腕をぐっと掴みかえすと何度も頷いた。 「……グレン、分かってるって。でもまあ、ガイちゃんのことも少しは信じてやれって」 別に行かないと承諾したわけではなく、逆になんとか説得しようと真摯な目を向けた。 「大体、ガイルが自分で試さなかったのは、兄さんが止めたからです。貴方も同様に恋人の私に止められるものと思ってました」 心外ですとばかりに腕組みをする、最愛の相手にイーグルは頭をぺこりと下げた。 「グレン。ゴメン、俺、過去で会いたい人がいるんだ」 自分の思いが届かないことに悲しそうに言いつのる恋人に、流石にイーグルも観念したように過去に飛びたい本当の理由を告げた。 会いたい人がいる。 死んだ母親にも会いたかったけど、それよりももっと、自分のために会いたい人がいた。 「私より大切な人ですか」 告げた言葉にやや嫉妬心を孕んだ口調で問い返されて、予想はついていたがイーグルは困ったように笑った。 「比べられない……。グレンにとても似ているかな。黒い髪に海の色の目をしてる」 「ふざけないでください」 自分のほうが大事といってくれると期待してたのに返らない答えに腹立ちが混じる。 嘘でもきっと、そう言ってほしかったのだろう。 「父さんの若いころに会ってみたいんだ。俺よりグレンの方が父さんに似てるもんな、若いころは本当にそっくりに違いない」 「伯父さんにですか。何でまた……」 怪訝そうな表情でグレンは目の前のイーグルを眺めた。 イーグルの父親はまだ健在で、院長としてバリバリ仕事に励んでいる。 自分の父親も健在だが、双子なのが不思議なくらい性格は違う。 確かに、イーグルの言うように性格は私のほうに近いかもしれないと、グレンは考えてから、いやいやと首を横に振る。 「自分を許す為かな。彼の本当に求めているものが知りたい。俺がこのまま自分が求めるものを得ていいのか知りたい」 ゆっくり腕を伸ばして、イーグルはグレンの背中を掴んでゆっくりと抱きつく。 「……自分のルーツ探しの旅ってことですか。本当に、貴方にはかないません」 抱きしめられ、ふっと息をついて誘われるよう頬を寄せて綺麗な金色の髪を撫でる。 「グレン、愛してるぜ」 「なんだかごまかされている気がしますが……貴方より私のほうが百倍愛してますよ。今夜は覚悟してくださいね」

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