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第3話
パタパタと頬を伝わる血液を手の甲で拭うと、彼は眼下に倒れる数人の男たちを見下ろして軽く呼吸を整えるように息を吐き出す。
大きな口を叩いてきた割りには、全然大したこたねえな。所詮は数での勝負でしかないっていうのが、笑うに笑えない。
男たちの一様な派手な服装は、このあたりの繁華街の外れの辺りではよく見かける格好で、有名なマフィアの一団に属していることは明らかであった。
まあ雑用の下っ端だろうけど、虎の威を借りるなんとやらは、彼の性格上虫が好かない。今時、実弾式銃を使うマフィアはそういない。余程こだわりがあるか、または金のない下っ端かどちらかだ。
で、間違いなくこいつらは後者だな。下っ端あたりがこのオレに手をだそうなんて甘ェんだよ。
ふんッと鼻を鳴らして、邪魔そうに男たちの山を避けながら彼は繁華街の中心へと足を運んだ。
闇に溶けそうな程漆黒の黒い髪をさらさらと風に舞わせ、人ごみを掻き分けて颯爽と歩き出す。
闇の中に海のような青い瞳の男。
人目を引く長身と、適度に筋肉のついた体に加えて、造作のいい顔立ちはそこに立つだけで、彼の存在感と圧迫感を周囲に与えていた。
マフィアの雑魚ならいいけど、こう付け狙われちゃおちおち夜遊びもできやしねえし。
独りごちでポケットから煙草を取り出すと一本銜え、ライターを探す為に路地の脇で立ち止まった。
!!!!!
一瞬、真っ白に目の前がスパークし、彼は衝撃を頭上にうけてくらっと体勢を崩した。
さっきの…奴等の仲間か……
急襲にしちゃあ、まったく殺気がなかった。
ゆがむ視界のなか、彼は崩れた体の上にどさっと圧し掛かってきた重たい物体を押しのける。
な、んだ。
ふわりと香るのは、柔らかい洗剤の匂いと、人特有の骨格の硬さ。
「貴様、俺様の頭の上に落ちてくるとは、イイ度胸だな」
起き上がりざま引っつかんだ首元を揺すって、衝撃に目を回している男を再度地面にたたきつけた。
「痛ぇって……、っつっは……まあ、落ち着けってば……オニイサン、落ちたのは悪かったって」
彼に揺すられて震えた声で、のんびりとした口調が場違いに路地に響いた。
よくみると、繁華街には場違いな上質なシャツとブランド品のパンツと、見るからに高そうな時計をしている。
ブランドも世に知られたもので、それだけでひと財産だということが彼には分かってしまう。
黄金のコインを思わせる金色の髪は、洗い立てのシャンプーの香りがふわりと漂ってくる。
「お兄さん、春でも売ってるのか。オレ、金払ってまでそういうことする気はないんだけど」
この界隈では、そんな商売でむち珍しくはないことだ。
少し見目のいい男であれば、かなり稼げるという話である。
時計も貢がれたものかなにかだろう。それなら納得はいく。
一瞬、何を言われたのか分からないといった表情を浮かべる男に、彼は不審そうに男を眺めた。
「まあ、いいや。立てよ。ここじゃあ、目立つだろ」
彼は、埃を叩いて立ち上がると、まだぼけっと座ったままの男を見下ろした。
年のころは、彼よりは年上で成人しているようである。
この辺をぶらついていて、話が通じないほどスレてないのか、ただの馬鹿なのか。どっちにしたって問題だよな。
顔つきからも、迷子って歳でもはなさそうだ。
「ああ。そうだな………あんま、めだつのは……」
男はのろのろと立ち上がって、後頭部の辺りを打ったのか手で擦って、何かを確かめるように周りを見回す。
「ところでさ、つかぬ事を聞くけど。ココはドコで、今はいつなんだ?」
一瞬、彼は深い青の眸を見開いた。
って、迷子……なのか。 こんなところで迷子って……。
気の毒だが、ここでブラついてたら人買いに買われてしまうことになりかねないな。
「記憶喪失ってヤツじゃねえよな」
「違う。…………俺はイーグル。記憶はあるよ。ココがドコかわからんだけだ」
イーグルはぽりっと少し高い鼻の脇を指で掻いて、周りの景色を面白がるように眺める。
彼はふうっと呼吸を戻しながら、ぐるっと周りに手をかざして、
「………ココは見ての通り繁華街。人口惑星ヴィーナスの首都メティスって、ここまで細かく説明すればいいか?お兄さん」
どこか馬鹿にするように、髪を掻きあげながら面倒くさそうな表情で、彼はイーグルの問いに答えた。
「ヴィーナスの首都メティス…………。まだ、メティスが爆撃される前っていうと、ちゃんと時間は飛んでるんだな」
感激したように呟くイーグルを、彼は気味悪そうに見つめかえす。
何を言っているのか全くわからない。
「まあ、どうでもいいけど。…………一応、いつって質問にも答えるけど、今日はJE461年7月20日水曜日ってとこまで答えればいいのか」
馬鹿にしたつもりで答えたつもりが、なるほどと感心した様に何度も頷くイーグルに、彼は呆気にとられたような表情を浮かべた。
気を取り直して、煙草に火をつけなおすと、歳の割りに世間を知らないイーグルと名乗る男に、煙を吹きかける。
「なるほど。アリガトウな、じゃあな」
イーグルは、くるりと踵を返してマフィアの巣窟のある南地区へと向かおうとする。
「おい、待てよ。ドコ行く気だ」
ぐいと、強い力で肩をひき戻されて、振り返ったイーグルに眉を引き上げ、彼は深くため息を吐き出す。
どうして止めるのか、まったくわからないとばかりに首を傾げられると、彼はイライラとか頭を掻いた。
くそ、コイツの表情が、放って置けなくなる。
心から大切にしている人間に、似ているからだと、それはすぐに気がついた。
顔や体つきなんて何も似てねえのに。
苛立ちながら、彼は無理矢理イーグルの腕を掴む。
「そっちはマフィアの巣窟だぞ。オマエ、つかまって輪姦されたいのか?!」
ぼそりと低く呟くと、彼は、イーグルの腕を引いて早足で歩き出す。
「待てって、オマエこそドコ行く気だよ」
イーグルは強い力で、ずるずると腕を強引に引っ張って歩かれ、さすがに閉口して声をあげた。
「オレの名前はジム。大勢に輪姦されるよりは、オレ1人にに犯される方がまだマシだろう」
「えー、それって、おいおい…………どっちも嫌なんだけどぉ。ジムくーん、おーい」
聞いていないであろう背中に言葉を返しながらも、イーグルは、土地勘のないこの場所では確かに危険だと思い直したのか、諦めたように、年下のジムと名乗った男に引きずられていった。
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