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第20話
じゃあ…………アンタが親父なのか。ジム。
しかも、ジムとか偽名なのかよ。
イーグルは自分の言動を思い返して、そして、慌てふためきディスクをぐっと握り締めた。
って、なんだよ、俺、滅茶苦茶じゃねえか。
今まで、ずっと親父にはイイ息子を演じてきたのに。変態を大暴露しちまったし、うわー、そりゃ名乗りたくもなくなるだろう。
普通に、油断しまくって親父を犯したいとか言っちまったじゃん。本人なのか?まさかの。
イーグルはカーッと肌が熱くなりがらも、はっきりさせようと彼を仰ぎみる。
「えっと、ジム…………それ、偽名なのか?本当の名前聞いてもいい?」
恐る恐るといった様子でといかけると、彼は深く吐息を漏らし、イーグルの隣の席に腰を下ろして、財布から学生証を無造作に投げた。
仕立ての良いスーツ姿できっちりとした身なりの、どこからどう見てもいいところのお坊ちゃんが証明画像に写っている。
人間てやつは、身なりでこんなに変わるものなのだろうか。
イーグルは、名前がエルシア・デューンとしっかり刻んであるのを確認すると頭を抱える。
…………やっぱり、ジムが親父だったってのか。
そりゃあ、コーヒーも同じ豆だし同じ味するよな。
「仕方ねェだろ、普通に常識としてタイムマシーンとか信用しねえぜ。まァ、ほらな、あのな、ヤっちまったのはね、ホントに事故なんだけど、本当に未来の俺様にスゲエ申し訳ないんだけどさ」
どこか言い訳を重ねて、言い捨てるような口調で、エルシアは言葉をつなぐ。
「未来の俺様に申し訳ないって、なんなの?!申し訳ない気持ちはムスコの俺にはないの?それ」
っていうか、未来の俺様かよ。
まったく、言う事なすこと、俺の知ってる父親とは別人のように違いすぎる。
「オマエは自業自得でしょ」
彼はフンと鼻で笑うと軽く言ってのけて、俺の顔をいたずらっぽく覗き込む。
「ちげえー、そんなこと俺の親父ならいわねえ」
「まー、でも、俺様はオマエに犯されない自信はある。へっへん、残念でした」
にっと笑って、彼はひどく意地の悪い顔をする。
こういうところが決定的に父親とは決定的に違う気がする。人間なにで変わるかはわからないけど。
手元の学生証に写る青年が、歳をとったら親父になるのならわかる。が、この目の前の男が歳をとっても、あの品行方正な紳士的なあの人になるなんて思えないのだ。
「何ソレ」
訝みながらイーグルが問いかけると勝ち誇るような表情を彼は浮かべる。
「だって、俺のが強いし、オマエ淫乱だし」
だけど実物は圧倒的に雰囲気が、もっているものが違いすぎた。
「ひでえ……」
息子に淫乱とかいっちゃうのか、こいつは。
「でもよ、オマエ、憧れの俺様とハグもちゅーもできたし、セックスもできてよかったじゃん?」
にっと笑いながら告げられて、イーグルはできたらいいなってことをそれ以上にしてしまったことに気づく。
「そういえば、そうなんだけど。そうなんだけど……」
「だから、俺の恋は報われない。…………報われないほうがいいんだよ」
弟に恋してるって言っていた。切なそうな横顔。
「あ……そうか」
かなってしまったら、俺は生まれない。
グレンも生まれない。
何も生まれない。それは、不毛とよばれるかもしれないけど、だけど……好きな人が身近にいるのにかなわないのは切ない。
「俺にはオマエが生まれるし、エルにはさー、息子生まれてオマエの恋人になってるんだっけかな?」
ちょっとした話をこの人は覚えているようだ。
グレンの話をしたときに、何故かどこかショックを受けた表情をしていたのを思い出す。
「なんか、ゴメン」
幸せなのは、俺だけで。
もし、彼が幸せになれたとしたら、俺もグレンも存在すらしない。
彼が幸せでないから、俺の幸せがある。と、いうことだ。
「オマエ、幸せ?」
肘を机につきながら、エルシアは学生証を俺からとりあげて財布にしまう。
「ああ、幸せだよ」
嘘いつわりなく、幸せな日々をずっと送っている。
あの人の幸せと引換えの俺の幸せ、だ。
「じゃあ、それならきっと俺も幸せなんじゃない。娘を嫁にやって、息子を甥っ子にとられて、それでも、オマエ幸せなら俺は幸せだと思う。俺、金とか名誉とか酒池肉林とかいらねえしなあ。つっか、とっくに飽きてる」
酒池肉林に飽きてるってすげえなと思いつつも、こいつなら本当にそうなんだなーと思う。
イーグルは、目を伏せて目の前の人の真実を見つけたようなきがした。
「……そっか………欲しい言葉見つけた。アリガトウ…親父」
『大切な者の為に尽くすこと……』か。
嘘でも、気休めでもなく……。
それが彼の本心で、求めていたものなのだ。
全てが、救われた気がした。
あのような事態になったこともあり、自分がエルシア・デューンだとは言い出せなくなってしまったのだろう。
そりゃ、まごうことなき近親相姦だしな、得心がいったようにイーグルは頷いた。
自分の思い描いていた父親の若い頃像とはかけ離れている男を横目で見やり、再度唇に『アリガトウ』と刻んだ。
ふいをついてポケットから取り出して手に持った、小さなスティック状のショック銃をエルシアの首筋に放つ。
目を見開き、ゆっくりとくずおれる体を支えてそっと机に伏せさせる。
デルファーに渡された脳波ショック銃は、一時的な記憶に影響を及ぼすかなり危険な武器だった。
目が覚めれば……きっと忘れている。
夢の出来事だと…。
そっと、額に唇をおしあててすんすんと鼻を擦りつけて匂いをかいで満足すると、イーグルは上着を脱いでエルシアの肩にかけて、指に嵌めていた指輪をはずしてその裏側のボタンを押した。
ぐわああああんと空間にひずみが出来、ゆっくりとその場からイーグルの像は掻き消えた。
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