2 / 18

第一章 青年

「怖いでしょう?」 後ろからそんな声が聞こえてきて。俺は驚いて柵から手を離しそうになり、慌てて掴み直した。それを見てか、声の主はくすりと笑う。 「誰?」 振り返ると、下の階に通じる扉の前に学生服を着た青年が立っていた。少し着崩した制服を見れば、今時の高校生という感じ。けれど、どこにでもいそうな高校生とは違い、彼は何かしっかりとした意志を持っているような、そんな青年だった。 「一体、いつになったら飛び降りるんです?」 「………は?」 思わず間抜けな声が出た。 まさかこの目の前にいる好青年と言うべき人から、そんな言葉が発せられるとは思いもしなかった。 「ほら、早くしないと日が暮れちゃいます。皆から注目を浴びたいなら、今飛び降りないと。…あ、迷惑掛けないようにしたいんだったら深夜の方がいいかもしれませんね。」 俺に向ける笑顔は、俺を憐れむようなそんな笑顔だった。 呆然としていると、青年はまた、くすりと笑い言葉を続けた。 「いえ、ただの独り言です。…ただ、飛び降りる事に一体どのくらい躊躇してるのかなって思っただけです。」 その青年の言葉は充分に俺を苛々させた。俺に向ける笑顔にも苛々する。 「言われなくったって、今すぐにでも飛び降りるよ。」 そう言って青年に背を向け再び下を見据える。そして、そのまま俺は言葉を続ける。 「君みたいな社会の汚い部分も見たことがないような、ゆとりの高校生はこんなとこ見ない方がいいよ。ショックが大きすぎて病気になるかもよ?」 「そうかもしれないですね。」 「そうだよ、分かったんなら早くここから出てけよ。」 初対面なのに怒りに任せてキツく言い過ぎてしまった事を後悔した。青年の返事はない。 …いや、どうだっていい。俺にはもう、そんな事関係無くなるんだから。

ともだちにシェアしよう!