3 / 18

第一章 理由 1

「ちょっと待って下さい。」 暫くして青年が言った。 「何。」 「どうして死のうと思ったんです?」 「……。」 君にはそんな事関係ないだろ。それを言ったところで、どうするっていうんだ。そんな言葉が出そうになる。でも、ぐっと堪えた。 「ただ、疲れただけ。特に理由なんてないよ。」 こんな哀れな大人を見てこの高校生はどう思うのだろうか。 「お兄さんは何か仕事されてるんですか?」 何、そんな事聞いてどうするんだよ。 「うん。ただの会社員、ちゃんと大学も出た。それなりに勉強したし。就職氷河期とか言われてるけど、一発合格で今の会社に採用してもらった。一年前か、懐かしいな。」 今思い返してみると、それほど悪い人生でもなかった。いや、むしろ中々良い人生だったと思う。 「もう少し生きてみてはどうですか?」 青年は言った。 「世の中には、たくさんたくさん苦しんで、それでも頑張ろうとしている人もいます。本当に生きたいのに、生きられなかった人だっています。そういう人達に申し訳ないと思いませんか?何があったか僕には分かんないです。けど、絶対いい事だってありますよ。」 何を言い出すのかと思えば、説得。 その言葉は、正論。けれどそれは俺にとって逆効果で、余計に苛立ちを覚えた。 「君みたいなのに何が分かるんだよ。大体、まだ高校生だろ?人生経験の豊富な年配の人に言われるならまだしも、どうして君に言われなきゃなんないの。」 俺がそう言うと青年は小さくため息をついた。そして俺を見る。俺の嫌いな目で。

ともだちにシェアしよう!