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第8話
「まあね。アクセルがいなかった頃の私は――自分で言うのもなんだけど――かなり乱れていたと思うよ。数え切れないほど抱いたり抱かれたりしたけど、何をしても満足できなくて。それどころか虚しさが増すばかりだった。今のきみと同じかな」
「……今は?」
「今はとっても幸せだよ。長年の想いが叶ったからね」
「……そう。よかったじゃない」
嫌味でも何でもなく、素直に「よかった」と思えた。
伊織にはとても想像できないが、この人はきっと伊織の何倍も苦労して生きてきたのだろう。言葉の端々に、あらゆる辛酸を舐め尽くした雰囲気が滲み出ている。
深く聞くつもりはないが、今まで苦労してきたのならこれからは幸せに暮らして欲しい。
「じゃ、こんな風に浮気してたら弟さんに怒られるんじゃないの?」
「かもね。アクセル、自分では『怒ってない』って言い張るけど、結構やきもち焼きだからなぁ」
他人に嫉妬とかよくないよね……などと笑っている。呑気な人だ。
伊織はペットボトルの水を置いて立ち上がった。
「だったら早く帰った方がいいよ。弟さんに愛想尽かされる前にさ」
「そうだね。きみを家まで送り届けたらヴァルハラに帰るよ」
「別に送ってくれなくていいんだけど」
「若い子が遠慮しないの。わがままを言っても許されるのは年下の特権なんだから」
「遠慮してるわけじゃ……」
どうしても送って行くと言って譲らないので、勝手に送らせることにした。
家までの帰路、二人はほとんど喋らなかったが気まずい空気にはならなかった。
「ここまででいいよ」
伊織は思い出の石段で足を止めた。ここを上れば、家まですぐだ。
「それじゃあ伊織くん、元気でね。もう会うことはないだろうけど」
そう言ってあっさりと背を向けるフレイン。
そのまま別れるつもりだったのに、何故か伊織は彼の背に声をかけていた。
「あ、あの……!」
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