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第9話

「ん? 何か忘れ物?」 「いや、その……。参考までに聞きたいんだけど……フレインさんは、どうやって弟さんと両想いになったの?」  するとフレインは「ああ……」と顎に手を当てた。そしてあっさりとこう言った。 「相思相愛だったよ、最初から」 「えっ……?」 「でも当時の価値観というか――肉親で、しかも男同士でそういう感情を抱くのは許されない環境だったものでね。生きてる間に結ばれることはなかったかな」 「生きてる間にって……」 「想いが叶ったのはヴァルハラに行ってからだよ。それでも十一年以上かかった。思い返せば結構長かったよね」 「…………」  なんだかよくわからない話だ。ただひとつ、「生きてる間には叶わなかった」というフレーズだけが印象に残った。 「ごめんね、あまり参考にならなくて。ただ……私のようになってしまうと、人間としての『生』の大半を無駄にしてしまうからね。それはとてももったいないことだ。楽しめる時は楽しんだ方がいい。……私から言えるのはそれだけかな」 「そっか……」 「じゃあ、今度こそさようなら。楽しかったよ、伊織くん」  ひらひらと手を振り、フレインは再び背を向けた。 「…………」  未練があったわけではない。執着するつもりもなかった。  だが気付いたら伊織は後ろからフレインに抱きつき、ジャケットについていたボタンをひとつ引き千切っていた。 「おお?」  フレインは目を丸くしてこちらを見た。終始余裕のあった彼を驚かせることができて、少しスッキリした。  伊織は奪ったボタンを握り締めた。金色の綺麗なボタンだった。 「これ、今日の遊びの対価にもらっとくよ」 「そんなボタンを? 何にもならないけど……」 「いいんだ。あんたと出会った記念にとっておく」 「記念……」  フレインは二、三度まばたきしたが、やがて小さく笑みを漏らして言った。 「まあいいか。私のことを覚えていてくれるなら、それはそれで嬉しい」 「覚えてるかどうかはわからないよ」  伊織はニヤリと笑って、石段を駆け上がった。そして一番上からフレインを見下ろすと、高らかに言った。

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