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第20話 独占的 2-1

 他人の感情はひどく生ぬるくて絡むようにまとわりついてくる。それに気づいた時には息苦しさを覚えていた。だから曖昧に微笑んで、その場をやり過ごす。寄せてくる波が過ぎ去るのを待つように、息を潜めてただそこに立ち尽くした。  だけどいつだって僕の前には眩しい光があって、それは目がそらせないくらいに胸を突き動かす。必死に手を伸ばして、駆け出して、夢中で僕はその光を追いかけた。 「ただいま」 「おう、おかえり。早かったな」 「走ってきた」 「なんだそれ、馬鹿じゃん」  いつもは真っ暗な部屋に明かりが灯っていた。そして腹の虫を誘うような匂いと明るい笑顔が迎えてくれて、それだけでも嬉しいのに優しい声を聞いたら泣きそうになる。「いまお前の部屋にいる。いつ帰って来んの?」――そんなのんきな声を聞いた瞬間、一キロくらい全力疾走した。跳ね上がった心臓は、扉を開ける前に少しだけ落ち着けたけど、きっと目に見えて顔は紅潮していると思う。身体が火照って熱いくらいだ。  乱雑に鞄を床に放り投げ、僕は目の前の立つ人に向かって手を伸ばした。 「鷹くん。会いたかった」 「なんだよ、まだ二週間しか経ってねぇって」 「嘘だ。もう一ヶ月くらい会ってない気分」 「時間進み過ぎ! ったく、和臣は相変わらず寂しんぼうだな」  ゆっくりと持ち上げられた手がなだめるように背中を叩く。トントンと優しく触れられるたびに、僕はぎゅうぎゅうと腕に力を込めてしまう。離れてしまわないように、温度が感じられるように、キラキラした金色の髪に頬ずりしながら彼を腕の中に閉じ込めた。  大きく深呼吸をすれば、嗅ぎ慣れた自分と同じシャンプーの香りがする。たったそれだけのことなのに、ひどく胸が高鳴った。 「ほら、早く着替えろよ。制服しわになるぞ。飯食う? それとも風呂に入る? 珍しくお前がいないから、部屋の掃除がはかどったわ。今回はまあまあだな。もうちょっと片付けがうまくなったら及第点だ」 「ねぇ、今日のカレーはなにカレー?」  キッチンに映えるオレンジ色の深鍋は鷹くんのお気に入りで、これでいつも色んな料理を作ってくれる。いまはその中からは食欲をそそるスパイシーな香りが漂っていた。

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